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第19回 河川情報センター講演会 講演記録
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第19回 河川情報センター講演会 講演記録

 中国地方で多発する局地的な豪雨による災害に備えて

○開催日時 平成22年11月25日(木) 14:00〜16:00
○開催場所 広島YMCAホール
○講  師 海堀 正博 氏
 広島大学大学院 総合科学研究科 環境自然科学講座
 環境科学部門 自然環境研究領域(砂防学)准教授
○講演内容
 ただいま御紹介にあずかりました広島大学の海堀でございます。

 きょうは、専門家の方ばかりがおられるのを全然わかっていなくて、いつもと同じような調子でお話しすることをお許しください。

 

 ことしは庄原で災害が起きてしまいました。庄原の災害が起きたのは、7月16日、午後3時半くらいからの突然の雨です。16時55分くらいに最初に土砂が家に押し寄せてきたというお宅がありますから、土石流がそのころから発生し始めたのだと思います。降り始めてわずか2時間足らずです。でも、雨はそれで終わらずに、18時くらいまで強く降り続き、後で見ると大変な事態になっていたわけです。

 さて、最初は山口県防府市で去年の7月21日に発生した話になりますが、このときも集中豪雨でした。

 この写真は、先ほどの藤原さんの中にもありましたあの高齢者福祉施設のところに向かって土石流が流れていって犠牲者が出たところをヘリコプターから撮影したものです。この土石流は、上流には四つほど支渓があって、それぞれのところから崩壊した土砂が土石流化して流れてきて、一つの流路を通ってやって来ています。土石流の流路から考えると、この福祉施設は真正面にありますが、実際は川が迂回させられて、直前のところで外に流されている。人工的な流路に沿って、ふだんの水は流れることができたけれども、土石流が発生するような事態になると、小さな小川などはすぐに詰まってあふれ、直進したものです。これは写真ですけれども、地形図で見ると、ここは木が生えているところも含めてかつての扇状地形で、現在の流路から考えると、非常に危険な位置にあったことがわかります。

 残念ながら、その他の土砂災害もあわせると防府市内全体で19名が犠牲になるというような災害でした。

 こちらは庄原の、ヘリコプターから見た写真です。緑で覆われた中に、至るところに傷跡が見えます。このあたりに田んぼがちょっと見えるのですが、これが先大戸地区になります。その向こうにもう一つ田んぼが集まったところがありますが、これが大戸地区です。このあたりがちょうど分水界になっていて、川はここから向こう向きに、西城町側に流れる大戸川、このあたりから手前側に流れてくるこれが篠堂川、川北町になります。全体が庄原市ですが、ここが流れ始める部分で、向こう向きとこっち向きがある。

 「大津恵川」という名前が新聞やニュースで何度も出ました。大津恵川はこの尾根のもう一つ手前側で、このあたりで合流するのですが、「ツエ(潰)」という言葉が入っていることから考えると、かつて大きな土石流災害等が起きたのだろうというのが容易に想像されました。現地に行きますと、大津恵川沿いも土砂災害が起きているのですけれども、実はそんなにたくさんの土砂が流下したわけではありません。ほとんどがこの篠堂川と大戸川と、それからこの地区から南東の方向に、先大戸地区からずっと下流のほうに流れていって、川西町というエリアに入っていくところで土石流の被害が出ている。雨量計はこの場所にはありませんでした。先ほど藤原さんが紹介されたあのレーダーがあったらすばらしくよくわかるだろうと思いますが、雨量計ははるかに外れたところに一つ、県の管轄のものがあります。大戸という観測点です。それともう一つ、この写真より西側に川北という、やはり県の観測点があって、いずれも大きな値を示してはいるのですが、恐らくこの土砂移動の実態から考えるとこのあたりはもっと大きな数値だっただろうと思っています。

 それでは、RCCのヘリコプターに乗せていただいた映像をちょっと流させていただきたいと思います。

(ビデオ上映)

 ビデオはこれだけにします。RCCの方に本当にお世話になりました。私がいろいろ話したことを取り入れてつくってもらえて感謝しています。

 さて、これで直後の空からの状況は見ていただけたと思います。

 これは去年の山口の分です。今年たまたま砂防学会のシンポジウムがあって、10月28日にこの現地を訪れる機会がありました。高齢者福祉施設にも行きました。ごらんのとおり、1階に入り込んだ土石流の土砂は全部撤去されているわけですけれども、2階はそのままの状態です。これだけ頑丈な建物だったら2階に移動してもらっておけばよかったのにと、だれしも思うことだと思います。

 これはすぐ近くの石原地区です。名前のとおり、巨石、石礫の多いタイプの土石流が人家のそばにまで来ていて、この家にも、それからさらに下のほうの家にも飛び込んで、中には、屋根が地面に落ちてしまっているところ、下が崩れて落ちてしまっているようなところもあります。

 花崗岩の土石流の場合には、巨石がまじっているものに対する直接的な影響を考えた対策と同時に、細粒のマサが大量にまじる、どちらかと言うと土砂流的な、あるいはちょっと泥流的な感じの対策と、二つの要素を一つの土石流に対してしなければいけないという特徴を持つのだと改めて思います。

 これは、ことしの庄原です。先ほどヘリコプターの映像からもおわかりいただけたかと思いますが、ふだんはこの建物の足元に幅3mくらいの川がもう少し下のほうで流れていただけです。しかし、災害時には60mから70mほどの幅になって流れていました。

 これは中国地方の地質図で、皆さん御存じのことですが、中国地方には、色合いで言うと赤で塗った花崗岩とピンクで塗った流紋岩の分布面積が非常に多いことが特徴です。日本全体で見たときに、遠くから見て赤っぽく見えるのは中国地方に限られています。ほかの地域に赤いのがないわけではありません。でも、こういうところですので、花崗岩の弱さが出るようなタイプの災害、去年の防府の災害のようなものを、広島でももちろんこれまでたくさん経験済みです。

 しかし、ことしの庄原については、ほとんど流紋岩のところだけで豪雨が降ります。大戸の近く、西城町のほうは、吉舎安山岩のところがちょっとありますけれども、花崗岩ではない。そういうところだけで集中的に雨が降ったけれども、同じように高い密度で土砂移動現象が発生しているということがわかりました。

 以前、6.29土砂災害というのが99年に起きて、広島市内佐伯区、安佐南区、安佐北区にかけてと、それから呉、東広島にかけての範囲で雨が降って、土砂災害が起きましたが、呉半島、呉周辺の花崗岩の分布しているところはたくさんの被害が出ましたけれども、その横に灰ヶ峰から野呂山にかけて、流紋岩でできたところがあります。人工のスギ林かヒノキ林が部分的に広がっているところもあるのですが、そこは被害が非常に少なかった。人工林は弱いという認識があるけれども、そうでないというのが異様な感じだった。地質の違う隣同士で同じ雨の影響のもとで見たときに、土砂災害の発生の仕方が花崗岩と流紋岩で違うという認識はその時にも持てたのですけれども、今回のように流紋岩のところだけでも雨次第では起きてしまうことがわかったといえます。

 プリントにも書きましたが、これは一般の人に説明するときに非常に大事だと思っているところですが、中国地方には、風化して、本当なら強い雨がちょっと降ると崩れて流れるような状態の土がまだたくさんあるにもかかわらず、過去の雨があまり降っていないという理由で崩されずに残っているような場所がたくさん見られます。

 防府のあたりもたまたま広島とよく似た状況にあることがわかりました。庄原のあたりもよく似た状況にあることがわかりました。そういうところは、四国の南部とか九州など、ふだんたくさんの雨が降っているところのように、数百ミリ降らなければ土砂災害のような状態にならないところに比べると、いとも簡単に災害の状態になってしまうという特徴をこれまで何度も見てまいりました。庄原の場合も一つはそれを考えなければいけないと思っています。

 土砂移動現象の発生には必ず誘因があるわけで、素因の地質とか地形、土壌、そういうようなことについてある程度把握した上で、雨がどういうふうにやってきているかということについてしっかり見ないといけません。

 これまでの土石流等の集中発生などを見るとほぼ、短時間の強雨だけで起きているのではなくて、それより以前にある程度の雨がまとまって降っているという状況がある後に、同じその場所に短時間強雨が重なっているという条件を経験している場所が集中発生の場として選ばれている。

 防府や庄原の災害ではどうだったかということを見てみるとそれがわかるのですが、ここに書きましたように、防府の災害については、山口県周辺の176の地上観測点の雨量データを用います。庄原の災害については、広島県内294の雨量観測点のデータを用いて、いつものような雨のまとめをします。

 まずは山口です。

 このあたりに土砂移動開始場所が集中発生しています。

 これは累加雨量で見たものです。それで見ると、美祢のあたり、秋吉台のある近辺と、それから下松とか柳井のあたりにも雨のすごくたくさん降った場所があります。けれども、災害が集中発生したのはこの真ん中の防府のあたりだけである。ここが大事な部分です。

 それから、いつものように、72時間の半減期を持つ実効雨量の分布の上にさらに次の1時間雨量が、どういうふうに重なったのか、重ならなかったのかというのを見ます。そうすると、山口県内の朝5時までの地盤の濡れ具合はそんなに大したことないので、まだ色がついていないぐらいです。実効雨量は水色のこういう色合いで表現しています。時間雨量は黒の実線で表現しています。

 5時から6時までの1時間に時間雨量40mmを超えるようなものが起きていますが、山口県西部で最後まで土砂災害の集中発生、土石流を伴うようなものが起きていない。

 次は、6時の時点の地盤の濡れ具合に7時までの1時間雨量を重ねたものです。長門のあたりも時間50mmを超えるのが降っています。美祢のあたりは40mmを超えている。このあたりも相当降っていますが、もともとの地盤の濡れ具合がまだ十分ではありません。

 7時から8時の時点では、時間雨量88mmというようなものが地上雨量計で観測されているエリアが美祢のあたりにある。あるいは山口の近辺でも時間雨量70mmを超えるようなものがあります。下松のあたりも時間雨量60mm、70mmあるのですが、やはりこの段階は、水の災害、小川が氾濫する、道路が川になる、家から外に出られないという状況はありますけれども、土砂災害の集中発生の状況はまだです。

 次の1時間、8時から9時までの1時間雨量は、防府にもすごく強いのが降っていますが、この段階も、先ほど言ったとおり、水の状況はすごいことになっていますけれども、土砂の状況はまだ災害になるようなものではない。この美祢のあたりは、広島で花崗岩の分布しているところだったら恐らく起きているだろうというような状況になっていますが、最後まで大丈夫です。

 9時から10時です。9時の時点で、濡れているところは増えてきました。10時までの1時間雨量は、南のこのあたりは強いけれども、この真ん中の部分はちょっとだけ小康状態になりました。住民の方に尋ねてみると、このときに家から外に出て移動したという方がいらっしゃいます。

 さらに次の1時間です。10時から11時の1時間でまた強くなります。50mmを超える雨が、こういう形で、山口県の真ん中ぐらいに分布しています。この部分は、それまでの雨が比較的多く降っていなかった場所です。土砂災害の集中発生にはまだ至っていない。

 ところがとうとう次の1時間、11時の濡れ具合に12時までの1時間雨量を重ねたときに、このあたりで集中発生が起きてしまう。

 その後、強い雨は東のほうに行ってしまいます。

 今の雨の図にサイズをあわせて地質を重ねると、雨はもう少し広い範囲で降っているのですけれども、起きたところはほとんど花崗岩の分布しているところであった。この災害のときにも地質の違いが非常によくわかるような形でした。

 さて、今度は庄原です。

 庄原のときに、今回の降り方があまりにも短時間に集中して、その雨が注目されているわけですが、7月11日から15日までの5日間に、各地で被害を出すような雨が県内全域で降っている。これがポイントだと思います。降った量からいくと、庄原のあたりは、72時間半減で計算したとき、実効雨量で130mmくらいの成分が残っているような状態です。累積でいきますと、単純にいくと、7月11日から5日間で約270mmの雨をこのエリアは受けている。

 7月16日は朝から午後3時30分ぐらいまではすごくいい天気だけれども、あちこちに雷雲があるような形です。それで、3時半ぐらいから突然すごく強い雨が降り始める。これが午後3時のぬれぐあいと3時から4時までの1時間雨量の分布です。この場所にだけ強く降っていることがわかります。

 1時間進めるとこうなります。16時から17時の1時間の間に降った雨がもう1回ここに重なっています。ここにX印をつけていて、このXの大きさは被害の範囲の大きさに大体合わせておきましたが、こんな感じで起きます。

 これは、起き始めの時間を住民の何人かに聞いたうちの2人の方が、17時とか、16時55分とか、こういう形で言われましたのでここにXをつけたのですが、さらにその次の1時間の雨がこういうふうに重なります。恐らくこの雨による影響で発生場所がものすごく増えたのだろうと思っています。

 今の雨の整理をすると、山口県防府市の場合には、半減期を加味した実効雨量の数字で180mm前後以上のところに、時間雨量で45mm前後以上の強雨が重なったような状態になって土砂災害につながっていました。

 庄原の場合は、実効雨量150mm前後以上のところに、時間雨量が60mm前後以上の強雨が重なるような形になっていました。

 広島型花崗岩の分布しているところでこれまで得ている知見としては、大体100mmを超えると崩壊がふえ始めて、200mm前後を超えると著しく増加して、そこにさらに30mm/hr、40mm/hr以上の強いのが加わるとあちこちで一遍に起きるというのを念頭に置いて見ますと、そんなに大きく違うわけではないということがわかります。

 さて、庄原の写真です。

 この写真は一番重要な場所だと思っています。この下の川が篠堂川です。左から右に流れています。この写真に写っている木は全部、広葉樹の壮齢林にあたります。高さが20m前後以上あります。高いものは26mあります。ケヤキとか、いわゆるドングリの関係の木とか、いろんな種類があります。ただし、昔から里山林として利用されていたことがわかる。1本ではない。株立ちしています。伐採して、切り株から芽生えて、伐採してというふうにして、みんな株立ちになっているわけです。だから相当長い間、里山林として利用されてきていることがわかりますが、そういう意味で、ここの斜面は、ここに広葉樹林としてずっと形成されていた場所が今回の雨を受けて傷だらけの状態になっているということがわかります。

 遠くからしか写真を見ていない人がよく、「今回も人工林のところで起きているんだろう」というふうな感じで言われるのですけれども、ここは明らかに違う。この間行ってきましたら、紅葉しています。これは11月18日の写真です。落葉してしまったところもたくさんあります。完全に落葉すると、見た目は貧弱な植生のように見えてしまうだろうと思います。

 これは、7月16日に災害が起きて、7月18日にヘリコプターに乗せてもらって、翌日19日に現地に入ったときの写真ですが、崩壊した土砂が流動化して土石流等になって流れ下ったところに、上を通過はしたけれども侵食されていないというふうな形態の場所がたくさんありました。これがまた、今回の特徴です。

 大体、この上に黒ボクが覆っている。黒っぽく見える火山灰起源のものが覆っている。この黒ボクの炭みたいな部分は水にまじって割にすぐ流れるのだろうと思うような成分ですけれども、その流れた跡に残っている部分の黒ボクは、非常に緻密というか、かたく締まっていて、非常に大きな粘着力を持っているような状態でした。それで恐らく残ったのだろうと思います。

 もう一つ大事な特徴として、そこにいっぱい穴があいている。この穴は一体何だろうか。ほぼ間違いないと思うのですが、黒ボクの層の下には、黒ボクの層に守られるような形で、かつての土石流か何かの崩壊土砂等、岩屑層の堆積物が隠れているのですが、そこにはすき間だらけのところがあります。つまり、たくさんの水が流れた。恐らく強い雨で、地中のそういうところを流れることができなくなった、高い圧力を持った水が黒ボク層を突き抜けて上に噴き上げてきた部分もあるのだろうと思って見ています。

 この現地に行くと、こういう形になっているところの土層は浮き上がっている。ふかふかしている。森林土壌はふかふかしていますけれども、そのふかふかとは違う意味合いのふかふかです。土全体が持ち上がっているような格好になっています。

 遠くから見ると「ここから流れたな」というふうなものが何となく見えると思いますし、実際に現地で水がしみ出しているのも確認できます。だから、恐らく当日はすごくたくさんの水が出ていたことが想像できます。

 改めてこの写真を見たり現地を歩くと、水が流れ出したところは、細粒分を押し出しているので、粗粒の部分、礫ばかりがきれいに残っている。水が噴き出さなかったところは細粒が詰まった状態になっているので、現地に行くと本当に一目瞭然です。

 そういう形で、地中に相当な水が入っていて、それが出口を探して噴き出した、そのときに崩すような状態になったところが現在見えているというふうなことが大分わかってきました。

 もう一つ言いますと、例えばこのあたりはなくなって、このあたりは残っているので、健全な状態に思われがちです。そういうふうに思う方がいらっしゃるので、ここもしっかり言っておきたいのですけれども、これらは崩れる一歩手前です。ここの土石流の調査をして、隣の土石流の調査をするためにこの内部を通ると、この内部、林が立っていてまだ崩れていないと思われているところにもたくさん地面に穴があいていて、浮き上がっていて、亀裂が発生しているところもあるということで、実は雨が3時間足らずでぴたっと終わったのでここで済んだという感じで見なければいけないと思います。レーザープロファイラー等で健全な部分とそうでない部分を比較するようなこともされたりすると思うのですけれども、実は決して健全な状態にはありません。

 流紋岩の岩盤だけれども亀裂が多いと言いましたが、ここは採石場跡で、実際に岩盤がずれかけているような感じに見えるところもあります。土石流が上から手前、下に流れ下ったところのベースに流紋岩の、比較的水と空気にさらされていた場所と、いつも水の中にあった場所が今回あらわれて、右に行くほど破砕された状態にある、流路自体がちょうどそういう岩質の境目になっているところ、線状のこういう構造のあるところも見られます。

 さらに、ヘリコプターの写真の中に、こういうふうに、連続して直線状のところ、山を越え、谷を越え、この崩壊土石流のラインがずっとつながっているようなところもあることがわかりました。

 こういうことから、どこでもかしこでも起きているのではなくて、やはり弱部になるようなところがこういう崩壊あるいは土石流の流路となって選ばれていると思います。

もう一つ、誘因のことをまとめておく必要がありますが、大戸という県の観測点の2時間雨量は110mmです。この数字は、これだけ聞いて多いと思われるか、大した雨量ではないと思われるか、いろいろだと思いますが、この庄原の地域では約240年に一度の大雨です。さらに18時までの1時間が加わりますので、3時間雨量とすると173mmになります。これは、この庄原という地域では約5,700年に1回の雨です。

 昨年の山口の防府の災害のときの雨も、1時間雨量で見るとそれほどものすごい雨ではなかったかもしれませんけれども、災害が起きるまでの6時間の雨量で見ると、その雨の量は約220年に1回の雨だったことがわかっています。

 だから、去年、今年と、今取り上げている土砂災害のときの引き金になる雨は、例えば砂防などでよく100年確率降雨というものを対象にしていろんな計画を立てるけれども、それを上回るような誘因が起きていることがわかります。

 そうなると、植生の違いによらず、崩壊土石流等の集中発生につながっている。

 岩盤に、割れ目も多く、粘土化した部分もあります。この粘土についていろいろ分析してみると、多くはないけれども、スメクタイトなども含まれている。「表土層が薄く、強雨に弱い構造ともいえる」などという書き方をしましたが、これは、岩盤面が比較的地表近くまで来ていますので、実際の土壌化した部分の厚みは1m足らずのところが非常にたくさんあります。ということは、非常に薄い、剥離のような形の土壌の移動はすぐ起きる。先ほど言いましたように、20mを超えるような広葉樹林でも起きているということです。まだまだいろんな調査をしています。

 先ほど流紋岩の話をしたときに、この図を頭に浮かべながらしゃべったのですが、呉の花崗岩に対して、ここに流紋岩のところがあります。この地質では黄緑色と肌色と両方とも流紋岩ですが、ここでは多発しましたけれども、流紋岩のところ、灰ヶ峰の周辺はかなり健全に近い状態です。

 広島の花崗岩は、宮島の弥山の山頂に登ると、こんな形で見られます。巨石が累々としているのがわかります。人工的なものではない証拠は、展望台に登ると、展望台の南西の角からこの山頂を見ると、ここのラインが直線状に割れていることがわかります。先ほどから申していますが、恐らく大きな範囲、地殻変動の一部というか、そういう形の力による弱部の形成がこういう風化の進行にも影響を与えるということがわかる場所が宮島の弥山にもあったということを、2年ほど前に見つけました。

 これはロープウエーの駅のあるところです。獅子岩駅をおりた足元を見てもわかりませんけれども、反対側、南側のほうの海岸から振り返って見ると、まるで石を積み上げたような、こういう構造をしています。強い地震動が加わったときはすぐ落ちます。最近落ちた場所がここで、落ちた場所は茶色くなっています。

 写真が悪くて色はきっちり見えませんが、宮島の山道を通ると、植生に隠れているけれども、こういう花崗岩の巨石があちらこちらにあります。すき間だらけの構造だということもわかります。これらは確実に土石流の種で、大雨によって崩壊等が起きたら、石礫まじり、巨石まじりの土石流が発生するだろうというのはすぐ想像できます。

 いろんな調査のときに、たまたまその場に居合わせる住民の方にお話を伺える機会がよくあります。庄原災害のときは皆さん割とよく見ておられましたけれども、多くの災害のときに意外なほど何もごらんになっていないことがよくあります。私たちはごく普通のこと、当たり前のこととして認識できていることが伝わっていないと思うので、ここはいつもお願いしたいところです。

 それは何かと言うと、たとえば、幼齢林、若齢林、伐採跡地、松枯れ地などでは発生しやすいというのは、そういうふうに思っておいてもらうのがいいと思います。

 これは、一つは、木が育っていない、あるいは小さいということで、地面に到達する水の量がふえるという、樹冠による降雨遮断の効果の減少がやはり大きい。今回の庄原の場合、こちらの影響がかなりあることがわかります。

 人工林の場合、スギ・ヒノキだったら、地上部を切ると根が確実に腐ってしまいますので、入れかわりの間、数年から十数年の間に土壌緊縛力がかなり落ちるので、根の影響はかなりあるのですが、広葉樹の場合、根は弱るけれども、完全に腐ったりはしない。だから、この影響が相当ある。

 つまり、根の補強効果という点と樹冠による降雨遮断効果、この二つの要因を見ながら、「今、木が少なめになっているから、あるいはまだ小さいうちだから、しばらくは大雨のときには、あの斜面についてはちょっと注意しておいたほうがいいな」という感覚で見られるかどうかというのは一つ大事なポイントだと思っています。

 木の根の効果でもう一つ重要なのが、ほとんどが1mから3m程度の深さまでしか根を張っていないという実態です。山の斜面だったら、1mももぐっていないものがたくさんあります。でも、一般には非常に深いように誤解している人が多い。これが非常に重要な誤解で、そこは正さなければいけないと思っています。

 例えば学生に、「樹木の根の深さは地中のどのくらいまで及んでいると思いますか。例えば樹齢42年、樹高16m、胸高直径30cmのアカマツだったらどうですか。樹齢80年、樹高20m、胸高直径38cmのブナだったらどうですか。長さではありませんよ。深さですよ」と強調してアンケートをとります。そうして出てきた回答を、こういう選択肢を書いておいて、そこに丸をつけてもらうのです。ここに人数を書いてありますが、アカマツの場合の752名分の分布、ブナの場合の768人分の分布です。

 これを見ると、アカマツよりもブナのほうが深いと考えている人がまずは多い、もう一つは、木の高さが16mとか、あるいは20mとかいうのと対比させて、根の深さもそれと同等あるいはそれの2倍、3倍とかいう形で考える方が極めて多いということがわかります。実際は3mぐらい、ここまでです。でも、一般にはそういう誤解がなされている。

 広島の場合、中国地方全部そうですが、昔、戦後ははげ山でした。戦艦大和が呉の海の上に停泊しているときの写真などが白黒で出ていたりすると、背後にある呉の山々はみんな坊主です。これは温品のあたりですが、それが山腹工事の恩恵で少しずつ、今、緑で覆われたような形になってきて、そのおかげで、小さな雨で土砂が容易に崩されて侵食されて移動したり、川の中に常に土砂がたまっているという状態は少なくなってきた。けれども、こういう状態のときは、土砂は確実にたくさん出ます。

 これはそういうのを先輩が昔調べたものです。このグラフもきょうは出していないと思います。横軸が年数です。植生工をやって森林化していくにつれてどんどん下がってきて、1年・1km2当たり出てくる土砂量は非常に少なくなるのに対して、裸地の状態では1年1km2当たり数千立方メートルの土砂がずっと出るという観測結果です。

 これは、6.29災害の後で、いろんな箇所の崩壊分布とその特性の図を委員会としてつくられたものです。崩壊の深さは1.5mまでのものがほとんどです。結局、根の深さがそのぐらいということと関係している。

 もう一つ重要なこととして、崩壊の発生している斜面の傾きは30度から45度くらいのものが突出している。これも非常に大事なことです。

 これも誤解が多いので言っておきますが、傾斜が急であるほど物理的に不安定になるというのは、そのとおりです。私は専門家の方に誤解が多いと思っているので言うのですけれども、物理的にそうだから、実験室内でモデル実験をされる方がたくさんいます。そこで勾配を変えていって、そこから例えば粒状体を落として、どっちの影響が大きいか、例えば到達するのが大きいかというのを見ると、勾配がきつくなるほどエネルギーが大きい状態が遠くまで届くというような結果を導かれる方が非常に多い。当たり前のことだけれども、実際は違うのです。

 実際は、そういう斜面の不安定なものはさっさと崩れて、もうないのです。現在、勾配が急なところのものは、土壌が残っていないか、大きな角張った岩盤が多くて、そういうものが実際に崩れても、そんなに流動しない。斜面の脚部からそれほど離れたところまで到達しない。それに対して30度、40度、45度くらいのものは、土壌層がまだたくさんある。そして、通常は勾配がこの程度ですから、そう簡単に崩れないので、雨の水を相当含んだ状態で初めて崩れる。だから、モデル実験のときは、条件合わせをしなければいけないからと言って、崩すものの含水比をそろえたり、物質をそろえたりするけれども、その条件自体が自然の状態では違う。ここが理解されていないといつも思っています。

 土砂災害に対する植生の効果は、侵食や小崩壊を確実に抑制してくれる。地表付近の土壌の浸透能や高めてくれる。崩壊の発生、限界雨量を高めてくれる。簡単に言うと、こう言えます。「限界雨量」という言い方をしたのは、要は地表面に到達するインプット量自体、400mm降っても300mmあるいは250mmしか地面の中の土壌を緩める水として使われないとなると、その状態で違うことがわかるわけです。その意味で、裸地などだったら、降った400mmの雨はほぼ400mm地面に来るわけですから違うという意味合いです。でも、残念ながら、豪雨が非常にふえてくるような状態だと、根こそぎ崩れるような現象が起きてしまう可能性がある。根こそぎというのは、根がほんの3m程度しかもぐっていないから起こることであって、根の深さについての情報がしっかり伝わっていないと、本当に理解してもらえない。木があってもなくても一緒だと解釈されるのは明かな間違いであるので、私たちが樹木の根の深さや働きや樹冠遮断のことなどをはっきりと伝えないといけないと思っています。だから、過小評価することは必要ないけれども、過大評価も禁物です。これはわかり切ったことと思っているけれども、言わなければいけない。

 もう一つは、水流の異常な濁りを私はいつも興味深く見ています。土砂災害の直前・直後で、発生直前だったら、「いよいよ大きな土砂移動が来るかもしれない」あるいは「上で崩れたんだな」というような見方をする必要があるし、直後だったら、「あっちの村から、あるいは集落から連絡も何も全く来ないけれども、すごく濁った流れが来ているときには、その地域から連絡手段もないほどひどい状態になっていて、連絡したくてもできないんだな」という状況を考える必要がある。

 これは、いつも紹介しているので、何度も見た方がいらっしゃるかもしれませんが、中国地方整備局の方のヘリコプターに乗せていただけて、可部のあたりの上空を飛んだときに見えた光景です。これは2006年、平成18年9月16日の夜10時ごろにすごくたくさん土砂災害が起き始めて、18日にヘリコプターに乗せてもらって見たものです。三篠川の上流は大丈夫なのがよくわかります。根の谷川の上流は赤茶色の濁りがある。これを見に行ったら、マサ土の部分の土石流災害が起きています。太田川のほうは緑灰色がかった濁りが濃い。これは、古生層の分布しているところで割とたくさんの崩れが起きている。例えばそういうふうなことが反映されている。地質の違いも濁りの色に出る。

 これは違う地域、2004年、平成16年の台風10号、四国です。このときは、徳島県の那賀川上流で日雨量の日本記録を更新した。8月1日のたった1日だけで1,317mmです。もう1カ所日本記録を更新するところがありますけれども、そういう雨が降ったときに、100万m3前後のオーダーの土砂崩れ、土石流が何本か起きます。これは大用知というところの大崩壊で、土石流の水、土砂流がこの坂州木頭川という川に流れ込んで、こういうれんが色のような濁りを下流にある期間、ある区間だけ発生させた。この調査に行くと、徳島から川に沿って上っていって2時間半近くかかるのですが、このれんが色の濁りがだんだん見えてくる。それでこんな独特の色のところが崩れているということがすぐわかるわけです。

 もう一つ、災害というのはもともと豪雨によって発生することを考えると、水を集めやすい構造のあるところが要注意箇所だというのは、私たちはわかっている。これを応用すると、例えば流域を横断するような道路が上を通っているというようなときに、その路面を伝って集められた水がどこに集まって斜面に供給されているかというのを見ると、もしかしたらそこが弱部になるのではないかという想像がつくと思っています。

 残念ながら、これは災害の起きた後に見たものですが、やはり路面を伝って水が集まって流れている場所でした。これは後日、この道を踏査して確認いたしました。この写真も平成18年のさっきのヘリコプターに乗ってここの地域を飛んだときに写したもので、1年前の災害の現場です。けれども、水が集まってきて、ここに集中して排水されるという状況は一緒ですので、このときも水が集まってきて流れている、こういう写真になりました。

 もう一つ、これも当たり前だと思うのですが、それがいつもポイントになっているので、繰り返し言います。曲流部でアウトコーナー側は競り上がりが激しい、かなり高いところまで危険だというのは、いろんな災害のときに認められます。広島の災害のときもそうだし、山口の災害のときもそうだし、大きなものでは水俣の宝川内地区、集川の災害のときもそうだった。非常に大きな流れだと、アウトコーナー側に15m、17mというふうな比高があっても、それを越えて、向こう側にある集落まで土石流、土砂が襲っていくというふうなことが起きます。

 これは去年の山口防府災害の例です。上から土石流が蛇行しながら流れてくるのですが、いずれもアウトコーナー側がかなり競り上がっています。この場所では尾根を越えています。ここでも尾根を越えています。最後はため池に入って停止するのですけれども、この場所を上から見ると次の写真です。土石流は手前から左カーブでこう流れるのですが、競り上がって、この尾根を越えて流れていきます。主な流れはこの川に沿って流れていきます。

 これは去年の石原地区ですが、手前から川に沿って右カーブで土石流が流れます。そうすると、アウトコーナー側の左岸側に巨石が吹っ飛ばされている。

 つまり、同じ距離、川から離れたところに家が建っていても、土石流の影響をもろに受けるのはアウトコーナー側で、巨石などが直撃する可能性もより高くなるというようなことがよくわかります。

 これは、ことしの庄原の災害で唯一犠牲者が出た家がどこに建てられていたかというものです。この方のお宅はこの矢印の先ここにありました。こちらの写真では向きが違うだけで、ここにありました。もとの川はこの間を流れていたのです。川はここを流れていて、こちらのインコーナー側のお宅は助かっています。ところが、上流から左カーブで入ってきた土石流は、アウトコーナー側に振れて、この建物もろとも流れ下ることになります。新たな流路がこちらに形成されました。2軒の家と川の間隔はほぼ同じくらいの距離だったのに、アウトコーナー側だけ甚大な被害を受ける結果になりました。

 こういう見方は、災害が起きる前からでもわかるのではないか。それをぜひ伝えていければといつも思います。

 もう一つは、土石流が流木を含む場合です。流木は、新たな流木災害を生み出すので非常にぐあいが悪い一方、この流木が含まれているせいで土石流が非常に高速で来てしまうことを妨げる、土石流そのものの流動的な挙動を妨げて時間おくれを発生させるという別の見方で見ると、プラスの面が出る場合もある。

 樹林帯とか、立木群とか、屈曲部とか、狭小部などにひっかかって、不安定だけれども、いわゆるビーバーダムを形成し、一時的にその上流にため込んでいく、川の流れをせきとめるような形になることもあります。しかし、それらが決壊するとより大きな土石流となって流下することがあるので、いつでも危険だということで、前兆現象の一つとしても言われています。土石流の来る直前に、豪雨にもかかわらず流れが静かになったり、水がなくなったりということは、こういう場合にも発生します。普通の崩壊土砂が川をせきとめる場合にも発生しますけれども、これをうまく利用しようというのが透過型の砂防堰堤あるいは流木どめのついている堰堤です。

 これの好例が山口の防府災害のときにありました。八幡谷川というところで昨年の7月31日に撮影したものですが、格子状の背後に、花崗岩の風化したマサ土、細粒の土砂まじりの土石流が見事にとめられて、下流には全然被害が出ていないという状況です。この川はもともと細粒ばかりだったのかと言うと、そんなことはなくて、上流には非常に大きな巨石がたくさん、上流の、勾配のもう少しきついところでたまっていました。だから、たまたま巨石はとめられて、細粒だけが来た。通常なら、細粒だけだったらこういうところは抜けてしまいそうだけれども、最初に大雨による水だけの流れが発生して、そのときに、流木などはあちこちから集まってきて流れて、その広葉樹の流木がまずふたをするような形で、その後に来た土石流・細粒まじり土砂もうまくとめる、こういうことが起きるということがよくわかります。

 もう一つ言うと、残念ながら、この災害の現地をよく知って、見て、その後の対策のときに、この構造のダムを復旧あるいは予防の施設として使うことにしたかと言うと、あまり採用されませんでした。細粒が抜けるのが怖いということが原因でした。ここの部分についても、残念ながら、研究がまだ足りていないという感じがします。

 これは、ことしのシンポジウムのときに見に行ったものです。改めて、この格子のスリットに比べると、堆積物の粒径が小さいということがよくわかります。

 広島の宮島でも2005年、平成17年の土石流によってこういうことが起きました。60年ぶりの土石流と言われました。白糸川で、大聖院という寺がこの写真の右横にありますが、その横に古い砂防堰堤がありました。この砂防堰堤の堆砂エリアは、勾配が比較的緩やかになります。そこに来ると、勢いよく流れてきた巨石まじりの土石流もこの巨石を運ぶことができない流速になってしまって、多くの巨石、大きな流木が置いて行かれている。けれども、一部分はあふれて、大聖院に飛び込みます。ここに先ほどのダムがあります。ここの部分を越えた川は右カーブになります。だから、大聖院側がアウトコーナー側になって、たくさんの土石流が、もしダムがなかったら大聖院を直撃していたはずです。でも、それは避けられました。

 もう一つ、ダムを越えたときに来たこの巨大な石が、その後続の土石流・土砂流のその勢いをはね飛ばして、流れをもとの川側に導いた痕跡があります。現在この石はそのまま護岸に使われています。

 さらに下流に流れた土石流は、下にある石橋とこの橋、赤い橋と二つの橋が流木等をひっかけて、いわゆるスリットダムのような役割を果たしたので、ここよりも下流、手前側のいわゆる居住エリアには細粒の土砂流だけが流れ込んだ。それでも床上浸水とか床下浸水の被害として大変なことになっているわけですけれども、もし巨石が直撃していたらということを考えると、かなりの被害軽減効果があったことがよくわかります。

 次は、土砂災害の危険度です。これも、私たちは普通にわかっていることだけれども、一般にはあまり認識されていないことです。

 土石流やがけ崩れの発生し得る要因が中国地方には多く存在するということを示すものとして、国土交通省が47都道府県ごとに発表したデータがあります。その中の、もし起きたときに5戸以上の家屋に被害が発生する可能性のある箇所として、例えば土石流によるものだったら土石流危険渓流T、がけ崩れだったら急傾斜地崩壊危険箇所Tというふうな形で発表されています。そのほかにUとかVとかあります。1戸から4戸の場合、あるいは今は家がないけれどもという場合もあって、それら全体で全国に52万カ所あるという形で言われます。広島県全体では3万2,000カ所ほどある。

 こういう形で言われますが、家が5戸以上のものだけをピックアップするとこうなります。土石流危険渓流Tの場合、全国47都道府県のトップ10を上げると、広島、兵庫、長野、愛媛、島根、岡山、岐阜、長崎、三重、山口というふうに、このトップ10に中国地方の県名と、それから兵庫県とかすぐ近くの県名が入ってくる。これは非常に重要なことだといつも思っているけれども、伝えきれない。

 がけ崩れもそうです。広島、兵庫、長崎、大分、鹿児島、高知、三重、山口、静岡、福岡というふうになっている。

 発表年に応じて数を折れ線で描いたものがこれです。86年の発表、93年の発表、2002年の発表、いずれも広島県は土石流危険渓流Tに関しては1位です。数が多いだけではなくて、調査の仕方とか精度の影響もあるとは言われますけれども、こういう傾向にあります。

 がけ崩れの方もこうです。現在広島は1位ですが、82年発表の段階では4位だった。87年で2位になって、92年で1位になってという形で推移しています。もちろんこれは、広島県がしっかり調べたからという言い方もよくされるので、そうかもしれません。けれども、知らないうちに危険なところに近づいて住んでしまっているという見方も大事な見方ではないかと思います。

 結局、土石流危険渓流T、急傾斜地崩壊危険箇所T、この二つの項目で広島県は47都道府県中第1位である、さらに島根、岡山、山口を初め、兵庫とか周辺の県でも、そんなに山が険しくないと思われるような地域にもかかわらず土砂災害の危険度素因が大きいということが非常に重要で、自然的な素因もそうだけれども、もう一つは人の住み方という社会的な素因が大きく影響していることがわかります。

 ここで、気象庁の管轄で「気候変動監視レポート2009」というのが公表されていて、インターネットでダウンロードできますので、それを見ることにしました。この最初のほうに、近年の雨がいかに激しくなっているかという状況を示すようなデータがあります。例えばこれは、1時間雨量50mm以上の年間発生回数を、アメダスの観測点全1,300点ほどあるうちのそれを1,000点当たりとして換算し直したものです。確実にふえていることがわかります。

 これは、台風の発生数、接近数、上陸数です。これを見ると、年々の発生数は変動があるけれども、最近は右下がりになってきている傾向がある。例えば2010年、ことしはと言うと、たったの14号までしか発生していません。ということは、この最後の黒い点の次にことしのデータをとると、このあたりに来ます。

 近年の雨の特徴ですが、降るときは極めて激しく、かつ、短時間に集中する。降らないときには、乾燥注意報が出続けるほど雨が降らない。その典型的なのがことしの呉です。アメダス呉のデータを見ると、この棒グラフは、赤いほうが平年値、青いほうがことしです。1月は平年値よりちょっと少なめでした。2月、3月は平年値より多い。4月も多い。5月も多い。6月も多い。7月も多くて、災害が発生します。ところが、8月は0.0mmだった。1カ月間に0.5mmの雨も降っていない。こんな異常なことが起きている。9月も雨が少ない。10月も少ない。11月も少なくて、その途中までの累積で見ると、1,379mmです。平年値は1年間で1,435mmだから、まだ12月がありますので、若干ふえて、平年値くらいにいくのかもしれませんが、いずれにしても、降るときと降らないときとの差が極端にあるというのが非常に大きな特徴だと言えます。

 災害を防止するのはだれか。災害発生条件が成立するのは複数の条件が重なるときであり、めったに起こらないということを考えると、その結果として、ふだんはそういう防災専門の陣容が配置されていないようなことが多い。でも、起きるときには同時に多発します。結果的には、起きたときにはいつも手が足りなくなります。行政や専門家からの助けの手は被災者に届かなくなる。これがいつもです。それで、自主的な部分がどうしても必要になるということの意味合いがわかってきます。

 防災の観点からの課題。誘因としての雨というのは、どのような雨量や降雨形態によって崩壊や土石流等が起きやすいかというのが伝えられているか。いざというときに専門家からの一方向の連絡体制が基本になってしまってはいないか。土砂災害警戒情報だけでなく、雨量の生情報をリアルタイムに公表する体制づくりにより、人々の関心をふだんから高められる可能性があるが、そうなっているだろうか。

 素因としての水の集まる構造という見方をすると、自然的な要因という見方はすごく大事ですけれども、人工的な要因もあわせた上で把握が必要になることがわかります。自然的な要因のすべてを事前に把握することは難しいけれども、微地形とか湧水等に水の集まりやすさという癖のようなものがあらわれる可能性があるので、これらをしっかり見る必要がある。また、人工的な要因としては、道伝いの集水・排水構造、谷埋め盛り土、水のたまりやすさ、排水の不良等も事前にわかる部分がかなりある。

 もう一つは、素因として、人の住み方も大事です。

 土砂災害防止法の本来の目的である土砂災害危険箇所のむやみな増加に歯どめをかけられるような運用ができているだろうか。10年たって、残念ながら、進捗率はまだ三十数%です。できるだけ早く命の失われる危険性の高いレッドゾーンを示せるようにしたいのだが、がけの近くの家や谷沿い、谷の出口、谷の延長方向あるいはアウトコーナー側も含めて、そこに住んでいる人たちがふだんのうちにどのような危険性のある場所に住んでいるかを意識できるように情報がしっかり伝えられているだろうか。

 私たちは、風化した花崗岩や流紋岩やマサ土や風化土の分布地域に多くの人が住んでいることを知っていますが、これをもっと伝えなければいけない。

 樹林や防災施設があっても、崩壊や土石流、土砂移動現象が居住地まで来うる。補強効果や防災効果には限界があるということを伝えなければいけないと思います。雨は、このごろは100年確率をはるかに上回るものも起きる可能性がある。けれども数百年とか、1,000年を超えるようなものに対してハード施設対策を講じるということはなかなかできない。
土砂移動の特性を踏まえた注意や警戒等の対応が必要なのですが、これをちゃんと伝えることができているだろうか。
近年の雨は、降るときには短時間に集中して、また、ごく局所的に激しくなる傾向があります。水の条件を考えて臨機応変な対応が必要ということもちゃんと伝える必要があります。

 最後に、災害の犠牲者が多くなる場合の典型というものをいつもリストアップしております。まず、原因となる自然現状について知らなかったときです。知らなかったら、これはどうしようもありません。次に、情報が伝えられなかったとき、活用されなかったときです。また、危険な状況を回避する手段がなかったとき。安全だと思っていた場面で異常事態が生じたとき。過信・慢心・あきらめがあるとき。あきらめてしまうと、どうしようもありません。

 上記の場合を克服するためには、体験すること、体験談を見聞きすること。情報の伝達網の整備、情報を収集する習慣づけ。収集した情報の意味を知り活用する練習。異常事態の想定に基づく防災訓練。ここらは、安佐南区の伴地区の自主防災組織はずっとやっておられる。見事です。ちょっとでもまねしたいといつも思うけれども、なかなかできません。安全度の前提条件を定期的にチェック。これは当たり前のことです。でも、なかなかできない。そして、生きがいを感じられる生き方の追求というのは、何としても生きたい気持ちを常に持てるようにしたいというところとつながるものです。

 「防災は命を守るための行為」ということをいつも強く思っていたい。生きたい、助かりたいと思う気持ちを生かしてあげる、助けてあげるのだということで防災というのは成立している。人と人とのつながりがふだんからあるかどうか、これはものすごく重要です。

 「安心」「安全」の確立だけではまだ不十分だと思っています。「生きていたい」ということで、生きていることに喜びや希望を抱けるような環境、生活環境も含めて、そういうのを同時につくり上げていくことが本当の意味での命を守ることだと思います。ハード対策で危険箇所にいろんな手当てをして安心・安全がしっかり確保できているということを進めてきてくれてありがたいけれども、それが自然の持っている美しさを遠ざけてしまうような、例えばそれができたためにそこが立入禁止になってしまうようなやり方をずっと続けていくようであっては、やはり具合が悪いのではないかと思っています。

 長く生きていく人はその多くの貴重な体験を若い世代に伝える、若い世代も歳多い世代を大切に、その経験に学ぶ姿勢を持とうというのは、昔のその地域の話や言い伝え等が聞けるのは、もしかしたらその上の世代からしかできない。そのつながりが近年極めて少なくなっているので、少しでも若い世代に伝わるようにしていくということが、これは防災ということに限っての話ではなくて、非常に重要ではないかと思っています。

 蛇足のようで申しわけありません。

 自然災害は自然現象そのものではない。自然現象が人間の生活・活動の場に及んで何らかの被害を発生させて初めて自然災害となる。

 自然災害の規模は自然現象の規模と必ずしも比例するものではない。自然現象を前に人がどのように対応するかによって、自然災害の規模は大きくも小さくもなる。

 防災とは、自然現象そのものをなくすことではなくて、それが大きな災害につながらないようにすることです。これを常に肝に銘じてやっていきたいと思っています。兵庫県南部地震という自然現象が阪神・淡路大震災につながってしまった。たとえば、そういう意味です。

 自然に親しみ、異常時には前兆が感じ取れるようにというような、こういう生活がみんなにできるようになったら、随分余裕を持って、あるいは緊迫した場面であってもその特性を考えて臨機応変な対応ができるようになるのではないかといつも思っております。

 いつもと同じようにだらだらしゃべってしまいましたが、最後までご静聴いただきどうもありがとうございました。

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