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第14回 河川情報センター講演会 講演記録
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第14回 河川情報センター講演会 講演記録

 放送と河川情報
   〜地上デジタル放送による防災情報提供の現状と今後の可能性〜

○開催日時 平成22年2月18日(木) 13:00〜14:30
○開催場所 KKRホテル仙台
○講  師 藤吉 洋一郎 氏
 大妻女子大学文学部 教授/日本災害情報学会 副会長
○講演内容
 皆さん、こんにちは。

 いただきましたテーマで、きょうはお話を用意してきましたが、最初に防災情報一般についての最近の傾向からお話ししますと、メディアがこの短い時間の間にたくさん登場してきた。いろんな方法でその情報を手に入れることができるようになったということと、もう一つは気象現象が非常に激しくなってきているという、この2つの課題が大きく立ちはだかっています。

 そのメディアがたくさん出てきたというのがどうして課題なのかといいますと、防災情報に関しましては、伝わる人にだけ伝わればいいという性格のものではなくて、必要な地域の必要な対象の方にはみんなに伝えなければいけない、そういう宿命があります。みんなに伝えるためには、いろんな伝達手段を皆さんが持っているということは、大変厄介な事態になるわけですね。どれかで伝えればみんなに伝わるという、そういうものがなくなってしまったということです。いろんな伝え方をしないとみんなには伝わらないという、大変ややこしい厄介な時代に我々は遭遇していると考えるべきだと思います。

 それから、もう一つ、災害を情報として扱う場合に大変厄介なのは、過去の経験がなかなかすぐには役に立たないことが多いということなんですね。つまりそれはなぜかというと、災害はいつも新しい顔、違う顔をしてやってくる。この間の経験から次はこうしようと思っていたことが、そのままでは役に立たないということがしばしば起きてしまいます。同じことが同じように繰り返されればいいんですけれども、同じことが起きるのは、どうも自然のほうからしますと数十年、いや、もっと数百年とか長いスパンでは同じことを繰り返しているのかもしれませんが、少しずつ条件が変わると違った顔になってしまう。そのために私どもは、いつも新しい災害には新しい顔があるというふうに受けとめてしまう。そういうものの一つとして、最近の局地的な豪雨というのは、まさに本当に新しい災害の顔なのではなかろうかというふうに考えております。

 なかなか災害のための防災情報を伝えるというのが難しいというのは、この下のほうに書きましたように、2つの理由があるということですね。その具体的なケースとして、少し時間をさかのぼりますけれども、12年前の栃木、福島両県境を襲った記録的な集中豪雨のときの、これは雨の記録ですけれども、小さな字で見えないかもしれませんが、そのときにどんな情報が発表されたかというものです。

 お手元に配った紙では、那須の豪雨と書いてあるところですけれども、このときには非常に典型的な例ですけれども、夜中の午前1時から2時にかけて、この栃木県の那須町で90ミリという、この地方にとっては過去最高の雨量が記録された。つまり寝耳に水という状況で、突然の豪雨に見舞われたわけです。その一番高い棒グラフの右よりちょっと上のほうにあるところが90ミリを超えたときの雨です。1本ずつ1時間ですから、雨が降り出したのは夜の9時過ぎだったんですね。その前に数時間、雨がやんでいたというようなこともあって、この日は特段大雨に警戒を必要とするような気象情報ではなかった。宇都宮の気象台は、このグラフが10分刻みにアメダスのデータが入ってくるものですから、初めの10分、これは60分分ですから、見ていくと、こんなふうにどんどん新記録になりそうだというのはわかってきまして、ここまでが2時までのグラフなんですが、2時を待たずに1時50分の段階で、大変大変という意味で大雨洪水警報を発表しました。

 つまり、どの程度大変と思ったかということなんですけれども、その大変と思った気持ちがうまく伝わらなかった。このとき気象庁は猛反省をされて、この出した警報あるいはその後にここに記録的大雨情報というのがありますが、実際に雨が降ったというこの雨の記録のことを記録的大雨情報として発表したわけですけれども、あるいはそのほかに警報を出し直すというようなやり方、そんな形で重ねて警戒を呼びかけたんですが、それぞれの情報がうまく伝わったのかという追跡調査を詳細にされました。

 そういう意味で、このデータをもとにお話をしたいんですが、うまく伝わらなかったというのが答えなんです。うまく伝わらなかったのには、一つは、これがそのときの警報の本文ですけれども、この中に予報官がこれは大変と思ったのは、一体何を見てそう思ったのかというと、1時間に今後も60から80ミリの激しい雨が降ると書いてあるのはこれからの話なんですが、ここに、きのうの0時からきょうの1時、つまり丸1日で172ミリとなっていますね。それから今後のことを入れると総雨量はこれだけになる。つまりびっくりしたのは90ミリに迫っていた1時間雨量だったわけですが、そのことがどこにも書いていないんですね。

 そのことが問題というんではなくて、90という数字ではなくて、気象台始まって以来の記録だということは予報官もわかっていた、それから自分も30年になる長い予報官としての経験があったけれども、こんな雨に遭遇したのは初めてだった、この2つの驚き、それがこの警報文にはどこにも書いていない。これはその予報官がミスをやったんではなくて、そういうプライベートなことは書くなというのが、当時の警報を書くときのマニュアルだったんですね。客観的なデータで物を言えという、そのためにこういうものになってしまったわけですが、後から考えてみますと、やはり30年のキャリアのある予報官でも初めて遭遇するような雨が今降っているという、その驚き、慌てぶり、それをやはり正直に言ってもらえれば、受け取る側には非常によくわかる。そういう非常によくわかる伝え方というのをもっと工夫しようではないかというのは、このときの経験から気象庁の中で検討されたわけです。

 それから、もう一つ、追跡調査をされました。宇都宮地方気象台が発表したものは、ファクスで栃木県庁に伝えるというのが公式なルート、本筋のルートなんですね。夜中の1時から2時にかけての突然の大雨だったわけですが、前ぶれがなかったこともあって、県庁には防災職員はだれも泊まっていません。職員も一人も泊まっていませんでした。契約のガードマンが1人勤務をしていて、その緊急のファクスは遅滞なく受け取って、それを関係する市町村へ転送するという仕事をやっていました。

 問題は那須町ですけれども、那須町、もちろん無人、ここはガードマンもいない、そういうときにはどうするかというと黒磯市と那須町、当時の話ですけれども、この広域消防本部というのが黒磯にあって、そこの24時間勤務している消防士の皆さんがその情報の受け取り手になるということになっていまして、県庁からの大雨洪水警報を伝えるファクスは消防本部に入った。その消防本部はそれを見ていたわけですけれども、そのファクスが届いたころの消防本部の状況はどうなっていたかといいますと、119番で助けを求める電話が鳴り続けに鳴りっ放しだった、そういう状況だったわけです。ですから当日勤務をしていた宿直勤務の皆さんは、その電話の応対で手いっぱいだったという状況です。本当は、そのファクスに警報と書いてあったら、その警報が出たということを市町村の職員に電話をして、そしてそのことを伝えるというマニュアルになっていたんですけれども、そんなことをしている間がなかった。そういうところで、マニュアルはその緊急時の混乱の中で、限られた人数で24時間勤務をしている消防本部に過重な期待をかけていたという点で破綻をしてしまった。したがって、市民に対して、あるいは町民に対して、避難勧告等の法律に基づいた権限を持っている市町村長には、この警報が出たという情報すら伝わらなかったわけです。

 そういうことで、その情報伝達をもっと工夫しなければいけない、そのような事態のときに受け取る側がどういう状況になっているかということに応じて、いろんな伝え方を複数で考えていって、伝えていくような工夫が要るという、そういう反省をする機会になったわけですが、実はこの災害に関する情報、防災情報を伝えるという点では、同じような失敗といいますか、至るところで起きています。つまり伝えたということと、相手にその内容が伝わったということは全く別のことなんですね。伝えたという行為は、ファクスを相手の機械に送り届けたことによって完了しているわけですけれども、それは相手がそれを受け取って、その書かれたことに見合った行動をとったかどうかというところまでは保障されていないという、また後ほどもそのようなケースをごらんに入れたいと思います。

 もう一つ、気象が激化しているということの典型として言われるようなった最初のきっかけが、2005年の右側のハリケーン・カトリーナ、アメリカ、ルイジアナのまちを襲って、たくさんの犠牲者が出たという大台風、大ハリケーンだったわけですが、実は同じころに同じ緯度、ちょうど地球の裏側に当たる日本付近には、台風14号という非常に大きな台風が襲っていたんですね。その上陸直前の写真、同じ緯度にあるときのものを2つ並べて比べてあるんですが、この赤い丸で囲った中に目が写っています。左のほうが大きいんで、こっちのほうが大きいんじゃないかというとそうではなくて、台風の勢力としては、小さくしまっているほうが発達しているという、まさに最盛期にあるという、この周りの風が非常に強いということをあらわしていますが、台風14号はこの辺から経めぐってくる間に、もう勢力のピークを超えたということをあらわしているわけですね。ただこの勢力の範囲が非常に大きいということで、巨大台風であるということがやはり依然としてわかるし、どちらかというと、この台風のほうがハリケーン・カトリーナよりももっと大きかったのかもしれないとうかがわせるような写真であります。

 それでは、その現実の14号が通った後の被災地はどうなったかということですが、最もたくさんの雨が降ったのは、この九州から四国にかけての一帯でした。九州、四国では9月の1カ月間の雨量の2倍の雨がこの数日間に降ってしまった。一番降ったのは神門というところですけれども、宮崎県の南郷村神門というところで、4日から7日までの総雨量は1,321ミリに達した。どこになりますかね、書いた矢印がうまく指していませんね、このあたりだと思いますけれども。1,321ミリというのは、もちろんこの土地にとっても新記録だったわけです。たくさんの犠牲者が出たりしたほかに、このときは台風がここ九州だけではなくて、日本列島を総なめにするようなぐあいにしていったということもあって、20の都道府県で何と42万人余りに避難勧告や避難指示がなされるという、そういう事態になりました。

 これは、先ほどの神門などに降った雨が流れてきた宮崎県の大淀川の少し上流の地点の写真ですけれども、この堤防の道路から、がけ下の水面までは8メーターぐらいあるんですけれども、これはもう既に台風が通過して5カ月ほどたったころの写真です。その日はどこまで水が来たかというのを示すと、この人が立っているところの後ろにポールが立っていますが、この2メートル付近まで水が来た。この後ろには家が建っていたんですけれども、その辺までどんどんこの堤防を越えて、堤防というよりも河岸段丘のようなものですけれども、そこを越えてきたというんですね。つまり何のためにごらんに入れているかというと、平常時とはとんでもなくかけ離れた状態になってしまう、遥かに想像を絶するような大量の水がこの川を流れたという、そういう状況になってしまったんだということを見落としてはいけないなというつもりで出したわけです。

 これは、大淀川の柏田という地点でとった水位のグラフがこれですね。これの特徴的なのは、危険水位、計画高水位と専門家の皆さん言われますが、その水位がここにあるんですが、それを超えた時間が何と12時間もあった。つまり危険水位よりも超えてしまった状態が12時間も続くというようなことは全く考えられていなかった、想定されていなかった事態だった。そういう想定を超えるような状況が半日も続いたという、異常な出水になったということを見てもらうためであります。

 その台風がこの九州を襲う少し前、9月4日ごろですけれども、これはどこの地図かといいますと、これが東京湾で、これが三浦半島ですね。これがずっと、ですから東京から埼玉県のほうまでいっているんですが、下井草264ミリ、石神井240ミリと書いてある。2時間の雨なんですね。この狭い範囲にその雨が降った。1時間には112ミリという雨が降りました。そのときのグラフですけれども、下井草の雨の状況です。私、住んでいますのは、いつも電車に乗るのは下井草という駅からなんですが、この雨の中に確かにいたんですね。ところがここに書いてありますように、雨が降ったのが夜の9時ごろからなんですね。10時ごろが一番たくさん降った。11時ぐらいまでまだ降っていたという、確かにすごい雨だなという感じでした。戸を閉めてあっても雨の音が聞こえる、大変な雨だな。何か最近早く寝るようになってきて、もう10時ぐらいに寝てしまったんで、翌日の朝になって何か大騒ぎになっているということに気がついた。もちろん住んでいる近くは何ともなかったわけですけれども、ちょっとその線路のあたりは低くなっていて川が流れているんですが、その川のあたりが5,000戸ぐらい浸水してしまって大騒ぎになったという、そんなときだったんですが、そのときの雨は1時間に110ミリも降った。

 このときも、上のほうに書いてあるのは何かといいますと、これは警報が出たという時間ですね。この雨の降り始めを見て、これはいかんというんで警報を出したというのがこれでわかるかと思います。ここに記録雨、つまりこの地方では何ミリかの数字を超えたら記録的な短時間の雨が降りましたという、警報をさらに補足するような大雨の情報を出しています。これはむしろここに書いてありますが、この雨の降り始めてからの様子を見て、これは恐らく60ミリぐらいでこの記録雨を発表することになっているんですが、それを超えたというんで、これを発表したということになっています。
 というように、どうも警報にしろ記録雨の情報にしろ、実際に降り始めてから現状を見て情報がそれを追いかけてくるという、そういう状況になってしまうわけです。つまり局地的な豪雨の場合にはどうしてもその予報が追いつかない、現状をできるだけ早くリアルタイムでとらえて情報を流していくという、そういう現実だということがこれでおわかりかなと思います。

 同じようなことが、この2年の間にこんなにたくさん起きました。神戸の都賀川、これは河川敷の公園で遊んでいた子供たちが逃げおくれて亡くなったというもの、2番目のは、豊島区の地下の下水道の中で下水道工事をしていた人たちが、急な増水に流されて5人も亡くなってしまったというケース、これは3番目のは、高速道路をくぐるような形で交差している市道、それがくぐっているわけですから、低くなったところを通るわけですが、その低い部分が水没していたところに女の人が運転する車が飛び込んでしまって、逃げられなくなって亡くなったというケースでした。このときは同じようなことが何カ所かで起きていて、もう既に救急隊が現場へ出ていたというようなこともあって、この女の方からの訴えを、既に救急車が出ているところからのレスキューと同じというふうに間違った判断をしたという、そういうことも重なって起きました。愛知県岡崎市のケース、これは先ほどの下井草のケースと似たような狭い範囲に、大変な雨が真夜中に突然降った、そのために2人の方が亡くなったというケースです。

 ここからは去年のことですけれども、山口県など8つの県で17人の方が犠牲になったという、そのうちこの防府市では、土石流が老人ホームを襲ったというケースでした。それから兵庫県の佐用町、これは21の県で27人の方が亡くなったり行方不明になったりしましたが、やはり短時間のうちにたくさんの雨が降るというケースでした。

 少し中身を追って見てみたいと思いますが、先ほどの神戸の都賀川のケースですが、このときのこれは雨が降って、もう既に増水をしている状況の絵ですけれども、監視カメラの映像ですね。神戸市、ここでは5人が亡くなったわけですけれども、こちらは最近現地で撮影した映像です。この日亡くなった5人のほかに、何と50人前後の人がやっぱり逃げおくれていたということが、その後の警察の調査でわかっています。そのうちの40人ぐらいは何とか自力でその出水した水の中を危うく逃れていたんですが、14人の方は避難が間に合わずに流されてしまったり、川の中に取り残されたりしたということがわかりました。

 従来のその河川管理という面では、急な増水とはいっても、この今立っている人のひざの上ぐらいまでしか来ていなかったわけですから、周りの地域に洪水が及ぶというような、そういう心配のレベルにはまだまだ全然達していない段階だったわけですけれども、この川が親水公園として1年じゅうたくさんの人がこの下へおりているという、そういう利用の状況になっているということになりますと、やはりちょっと話が違うということになります。先ほどの子供たちが、この下に雨宿りをするために一たん逃げ込んだというんですね。大変な雨が降ったわけですから、急に避難をしようと思って避難階段へ行く前に、雨に濡れない橋の下へ逃げるというのはごく自然な心理だと言えるわけですが、皮肉なことに避難階段は、この橋からしますとかえって遠ざかるような位置にあった。ですから、ここにいて、いよいよ足元が危ないというふうになって避難階段へ行こうとすると、そこへたどり着くことが困難であった、そういう状況だったわけです。

 一体どうしたらこうした悲しい出来事を防げるか、いろいろ兵庫県、検討されたんですが、結論がこれでした。黄色の点滅ランプをつけて、これがついたら親水公園から川の外へ避難をしてくださいということなんですが、問題はどういうときにこのランプをつければいいかということで、雨量が一定の数字に達したとき、川の水位が上昇し始めたとき等いろいろ検討されましたが、間に合わないということから、結局、大雨注意報や洪水注意報が出たらランプをつけようということになったんですね。まちの中のことですから、音を出したんではうるさがられるということで音はしない。静かに上のランプが点滅をするんですが、去年の4月から始めて、これがこのわずか2キロぐらいの区間に14カ所つけてあるんですけれども、AM神戸というラジオ関西というラジオ局の電波を使って、つけたり消したりするようになっています。一斉につきます。22回、4月から12月までの間に、これがついたり消えたりしたそうですけれども、1度もおととしのような急な出水ということにはならなかったし、これがついても人が避難をしようとする行動のきっかけになるという、そういう習慣づけにはなっていないということなんですね。何でこれがついているのかなというような気持ちで見ている人がどうしても多いということかと思います。そういう意味で課題を残したままであります。

 同じようなランプを兵庫県内の海寄りのところに、19河川、113カ所につけたということですけれども、なかなかこれだけで事故の再発を防ぐということは難しそうな状況であります。
 急な増水にどうやって備えるかということは、なかなか大変だということしか言えないわけですけれども、これは愛知県岡崎、2008年8月29日の雨です。夜中の午前1時から2時の間の1時間に146.5ミリも降ったというわけです。岡崎市では側溝やマンホールから水があふれて、まちが水浸しになったほか、小さな河川はあふれて周りを洪水が襲ったという、そういう中で低いところに建っていた家の人が2人亡くなったということでした。

 そのときの雨の降り方を示した午前2時の状況です。この左のほうの海寄りのところが岡崎に当たります。つまり非常に狭い数キロという範囲の中で、しかも二、三時間だけ起きた現象というわけなんですね。そういう現象を的確に予測することは、今の気象の予測の技術では困難であるというか、できない。ですから先ほどの例と同じように、降り始めてからその異常な事態に気がついて慌てて警報を出すという、そういう状況なんですが、そのように慌てて出した警報はなかなか皆さんの適切な行動にはつながっていないという状況は、今も続いているというわけです。

 できない話のついで。これは去年の8月の山口県防府市で起きた老人ホームのケースですけれども、土砂災害警戒情報というのがこの避難を促すきっかけにならなかったという、そういうケースでありました。なぜそういうことになったのかということなんですが、これはその雨の降り方を示したグラフです。一番最初に出された異常な気象に関する情報は、竜巻注意情報というものでした。午前の5時過ぎのことでした。それからさらに大雨洪水警報が出ました。これは午前6時過ぎのことでした。さらに土砂災害警戒情報が出ました。これは午前8時前のことでした。こういうふうにだんだん危険な状況になっているという情報を出していったわけですが、さらにその記録的短時間大雨情報、一番上のほうまで伸びているグラフですね、これはこの地域の記録的な大雨だという、実際に降りましたよという情報であります。それに対して、実際にその土石流が老人ホームを襲ったのはいつだったかというと、12時ごろだったわけです。ですから土砂災害警戒情報が出てからでも4時間ぐらいの時間はあったわけです。つまり土砂災害警戒情報が、老人ホームのあるところは土砂災害の危険地域にも指定されていたわけですから、その地域の、つまり老人ホームの皆さんの避難行動につながっていたら、4時間の時間があればいろんなことができたんではないかと考えさせられる状況だったんですが、結果からいいますと、できていなかったわけです。

 何でそんなことになるのかということなんですけれども、土砂災害防止のための対策には、まず最初に土砂災害警戒区域の指定というのを都道府県知事がします。それに基づいて地元の市町村はハザードマップをつくって、それを住民に徹底する。つまりいざというときにはどこへ逃げるかということ、どこを通って逃げるかということを周知するということをやるわけです。いよいよ危なくなると、土砂災害警戒情報を都道府県の砂防部局と地元気象台が共同で発表します。市町村単位に発表します。それが市町村に届くと、市町村はあらかじめつくった避難計画に基づいて住民に避難勧告などをすると、こういう手はずになっているんですが、防府市の場合は、おととしの3月に警戒区域の指定が行われました。何と一挙に587カ所に警戒区域が設けられた。それだけたくさんのハザードマップをつくらなければいけない、避難計画をつくらなければいけない、バンザイという状態になったわけです。手がつけられない、何もできていないという状態のまま、去年の夏を迎えてしまったわけです。ですから土砂災害警戒情報を聞いても、それを避難行動に結びつけるという、そういう情報としては役立てることができなかった。

 これは、実は防府市だけが特別におくれているんではなくて、今まさにこのシステムが全国で展開され、普及されようとしている段階ですので、圧倒的多数の市町村では同じような状況にあるわけですね。圧倒的な状況といいますか、大変難しいことをやろうとしておられるということのようです。これは砂防の仕事が中心ですのでこれぐらいにして、もう一つの佐用町のケースを少し考えてみたいと思います。

 これは台風9号が、日本のすぐ南まで来ていたその熱帯低気圧が日本の南で台風になって、そして太平洋岸沿いにずっと各地に雨を降らせたという、そういう台風でした。このとき、この佐用町では町の中を流れる佐用川という川がはんらんして、この役場も水に早々と浸かってしまうという、役場と川の距離が100メーターぐらいしかないんですけれども、そういう意味で、災害対策にも最初から大きなハンディキャップになったわけです。このとき大変悲しいことが起きたんですが、この右側に建っている新しい建物、これ2棟、もう一つ右にもあるんですが、これが町営の幕山住宅という団地なんですね。ここはぐるりと、用水に周りを囲まれていまして、田んぼの中にできた団地という状態ですので、やはり何が不安だといっても、この人たちは洪水の危険というものをいつも不安に感じているわけです。この目の前にあるのは川ですね、佐用川の支流の一つです。ですからこういった川から水があふれてくるのが怖い。

そういう場合どうするかということを、実は5年前にも水害を経験していて、今後どうしようということを地元の人は非常によく考えていたというんで、この日の夜、先ほどの佐用町役場が避難勧告などを出す前に、8時半前後にこの近くの小学校、左のほうに3階建ての建物が見えますが、あの建物へ避難をしようということで、10人の人が真ん中にある橋を渡って避難をしたんです。この川にかかる橋は一段と高くなっているものですから無事に渡れたんですが、渡った先、とんがり屋根みたいな、あれは公民館ですけれども、この公民館のわきを用水が流れている。坂を下ったようなところですね。この人が立っている手前にある、これが用水ですね。これが先ほどの橋がかかっていた川です。この橋は高いので無事に渡って、ここまで来たらこの辺の用水があふれていて水浸しになっていた。その水に流されてしまった。この用水の水がどうやってあふれたかというと、この川の少し上流であふれた水がどんどんと田んぼを横切ってきてこちらに流れ出ているという、そういう状況になっていたんですが、何しろ夜の8時から9時にかけての時間帯、しかももう停電になっていたという状況の中で、全く暗い中を記憶を頼りに学校へという、そういう道をたどっていったわけですが、流されてしまったというわけです。

 つまり、避難をしたことが裏目に出てしまった。この写真にも残っていますように、この幕山住宅は結局は床上浸水したんですけれども、本当に10センチか20センチ程度だったということで、結果からいいますと避難する必要はなかったわけですね。ですから避難をしたことが裏目に出たということなんですが、一体どういうときに避難をするのか、つまりタイミングというのが大変難しいということ、つまりこの人たちが避難を始めたときには、もう危険な状態になっていた。もし早目の避難をするんだったら、もっと早く避難をしなければいけなかったわけですが、果たしてそういう5年前とはまた違った雨の降り方をしたわけですし、このときのような雨が降ったというのは、この地域の人々にとっては初めてのことなんですね。川の堤防は、あちこちで堤防より遥かに水かさのほうがふえてしまいましたので、もう堤防がないのと同じような状態であふれてしまっていたという状況、そういう状況の中で、5年前の災害体験をもとに避難をしようとしたということが難しかったわけです。

 ですから、事前の計画をつくるということが大事だというのはそのとおりなんですけれども、避難する途中の危険というのもよくよく考えて避難計画をつくらなければいけないという、しかもどんな危険があるかということについて、素人だけでは判断できない部分がありますので、専門家を交えてその避難計画づくりをやらなければいけない。そういう計画づくりを小さな集落単位ごとにつくっていくとしますと、たくさんの話し合い、たくさんの避難計画づくりが必要だということで、道は大変険しい、遠いわけですけれども、いわゆる行政と住民と、そしてそれに専門家が加わった三者による小さな話し合い、地域での話し合いというのが、土砂災害の場合にも、こういう水害の場合にも、大変大事なポイントになるということを教えてくれているように思います。

 佐用町の幕山住宅の場合は、周りをぐるりと田んぼや用水に囲まれているもんですから、どちらに逃げてもその危険があるという意味では、大変難しい場所だなと思いました。しかも土石流の危険渓流というのもすぐそばを流れているとか、大変災害のハンディキャップの大きい場所で、ですからやっぱりこの団地そのものを、それぞれの災害に対して基本的には難を乗り越えられるようなつくりにするという、何かそういう配慮が本当は必要だったのかな、言いかえますと避難しなくて済むところにしておく。地盤の低い田んぼの中に団地をつくるというからには、十分な高さのかさ上げをするとか、さらにその上に輪中のような防壁をつくるとか、何かそういう手当てが必要だったんじゃないかなという、後知恵ながらそう感じた次第です。

 こんなことも重なったために、内閣府が5年前につくった避難についての自治体向けの指針というのがあったわけですけれども、どうもそのままでは去年起きたような、あるいはおととし起きたような事態をうまく乗り越えられないということで、この見直しをしているというお話です。5年前に何をしたかといいますと、従来の避難計画ではまだまだだめだというのを、2004年の新潟水害あるいは福井水害のときに痛切に感じた。つまり早目に避難を始めてもらわないとだめではないかということで、避難の準備計画というのをつくってもらう。そして避難準備情報というのを発表するようにしようという、それが新しい試みだったわけですけれども、避難の準備情報で避難を始めた人が遭難してしまったという事態に遭遇して、もう少しその計画づくり等を、特に自分で判断をすることに潜んでいた危険性、そういったものをどうやって事前にチェックしていくかというようなことを指針の中に入れられないだろうかという見直し作業をしているということであります。

 そのほか、河川の洪水警報というのを、1級河川の主な部分だけではなく2級河川にも出していこうという計画が進められていますが、先ほど御紹介したようなのは、そのレベルにすら達していないような支川ですとか支流ですとか、小さな川あるいは用水といったようなところで起きている災害なものですから、そういったものに対して警報といったようなものをどういうふうに出していったらいいのかなという、大変難しい宿題があるわけです。土砂災害警戒情報については、システムができ上がった段階で働くんではなくて、つくりかけの段階でもどういうふうにうまく役に立てていけばいいかという宿題を残しているということが言えるかと思います。

 それで、どうして短時間で局地的な激しい豪雨が降るのかというと、どうも気候が変わってきてしまったんではないか。日本付近は主に温帯の地帯、南のほうには亜熱帯の地域もありますけれども、どうも亜熱帯と温帯の境界線がだんだん北へ上がってきていて、東京あたりまで亜熱帯みたいになっているのではないか。一つの裏づけとして、おいしい米が北海道でしかとれなくなってしまったという、九州などではもう従来つくっていた米をつくっていると、とても食べられるような米がとれなくなり、亜熱帯向けの米に変えなきゃいけない、そんなことを言われているようです。それは一つの気候が変わったという確かな証拠なんではないかと思います。これは気温の傾向と雨の降り方ですね。これを見てもこんなふうに変わっている。これは時間雨量が50ミリを超える、そういうのがカウントされた回数を縦の棒グラフに書いてあるわけですけれども、それを10年間の移動平均をとって比べてみると、明らかに10年置きにだんだん増えてきている。つまり強い雨が降る、100ミリ以上の雨が下のグラフです。どんどん大雨が降る機会がふえてきているということです。

 一方で、ほかのデータとしては、雨量のトータルとしては減ってきているというようなことをいいますから、降らないときには降らないという状況、降るときにはどっと降るという、そういう気候に変わってきている。防災という面では大変厄介なことになってきているということです。これは地球が温暖化する過程で、日本などの中緯度の地方ではこういうことが起きますよと言われていたことが、もう現実に進行しているということかなと思っております。

 そこへもってきて、これは突然ですけれども、つい先日、台湾の去年の台風8号の被災地を見てきたんですけれども、これはちょっとアップになり過ぎていてよくわかりませんが、土砂災害に埋まった集落の上の土砂です。ちょうど半年というときに見てきたんですが、川の流れはここにこういうふうに流れているんですが、こちら側に2キロ以上、上から二筋、三筋と地すべり的な大きな土砂崩れが起きて、川を2度、3度とせきとめた。こちら側からもまた来ているという、小林村という人口1,300人ぐらいの村がなくなってしまったという、その現場であります。もう少し引いたところですが、こちらに家が数軒残っているんですが、この上のほうにも少し残っているというぐらいで、あと、あらかたここら辺にあった家が、みんなこの土砂とともに下に埋まったのと流されてしまったというわけです。

 そのことのすごさもさることながら、このような状況になったという情報が、なかなか台湾政府に上がってこなかったというか確認することができなくて、埋まった人たちが長時間、いわば放置されてしまったということが地元では大問題になって、内閣に当たる大臣が総辞職をするという、そういう事態まで発展した。私ども、その防災情報あるいは災害情報がどうしてうまく伝えられなかったのか、またそういうことに対してどう行動したかということの検証のために見に行ったわけですけれども、小林村が全滅といっても、もう少し町域は広いわけで、この少し下流のところの何十世帯かは生き残っていて、その人たちに話を聞いたりすることはできました。それからこの地域のこのあたりに住んでいた人も山のほうに避難をしていて、助かった人が何十人かいるとか、その人たちはちょっと居どころがたまたま行ったときつかめなくて会うことはできなかったんですけれども、このような大きな崩壊が起きていたのはここだけだったんですが、この川の流域ばかりでなく、ほかにも南北に流れる大きな川があるんですが、至るところで大きな崩壊が起きていました。

 一番たくさん雨が降ったのは、3日間で3,000ミリ降ったというんですね。この辺でも1,600ミリ超えたという記録が残っていると言っていました。3日間で3,000ミリというと、この部屋の天井ぐらいの高さまであらゆる場所が水で埋まったというわけですから、どこもかしこも川の底になったような状況になって、もちろんこの小林村の人も言っていましたけれども、こんな雨が降ったのは初めてだということですし、こういう崩壊が起きたのも初めてだ。ところが地質学者に言わせますと、この崩壊した後等を見ると、あるいは崩壊前の衛星写真を見ると、そこの地質そのものが既に過去に大きな崩壊をしたことを示すそういう地形である、人が多く山の中に住んでいる場所は過去の崩壊の跡に住んでいるんだというんで、そういう意味では千年といったようなオーダー、数千年といったオーダーでは、こういうことが繰り返し起きている場所だという。そう言われると、うーんと思ってしまうんですが、そのような場面に遭遇しているということにどうやって気がついて、生き残った人と同じようにどうやったら生き残れるかという意味では、大変難しい課題を残しているなというふうに感じました。そういう意味で、ちょっとつけ加えておいたわけです。

 これは、深夜突然にというようなときに、いきなり警報。もちろんその前、大雨の降りやすい状況だというのはわかっているもんですから、注意報が出ている場合がほとんどなんですけれども、受け取るほうからすると、深夜突然大雨が降り出す、その大雨のさなかに警報が出るというようなことが起きるんですが、そもそもその気象業務法に定められた警報と注意報の違いはどこにあるのかといいますと、何と重大な災害というふうに、災害に「重大な」という形容詞がついているかついていないかの違いしかないんですね。注意報は、災害が起こるおそれがあるときに出すというふうになっているんですが、現実に注意報で災害が起きることはまずないですね。警報が出ても災害は起きないで終わるというケースが非常に多いという意味では、つまりこれはワンランクずれているんではないか、注意報は注意報に至らない段階で出されることが多い。警報は注意報の段階で出されることが多い、現実には。そうしたら本当に重大な災害が起こるおそれ、先ほどの那須の大雨のときの宇都宮の地方気象台の予報官が感じたような危機感、そのときには警報じゃなくて、もうワンランク上の情報を出さないとこのニュアンスは伝わらないという、これは現実に我々の受け取るっている情報がワンランクずれているという、そこの違いを直していかないといけないんじゃないか。

 このことは、随分昔から私ども指摘して声を上げているんです。つまりスーパー警報をつくってくださいという。スーパー警報というものが出ればみんな身構えるし、テレビやラジオの放送は通常の放送をみんなやめて、その情報を流すことに専念しますよというふうに言っているんですが、なかなか踏み切ってもらえない。そろそろやってもいいかなという話をされる方もあるんですけれども、まだ実現していないという状況です。

 この4月から警報の出し方を市町村単位で出すというふうに変えたというのも、そのスーパー警報へ向かう一つのステップなのかもしれません。つまり、もっとピンポイントで適切な情報を出すようにしていこうという、それがシステムというか技術の向上という裏うちがあって初めてできているということだと思います。

 それからもう一つは、何か新しいことを始めたとおっしゃるけれども、ちょっと待ってくださいよ、何で土砂災害警戒情報なんですか、何で警報とか注意報と言ってくれないんですか、土砂災害警報が出ているよと言えば、みんなすぐわかるじゃないか、いや、まだ注意報だと言ってくれればまだわかる、竜巻に関しては竜巻注意情報という、何とも2つぐらいよじれたような言葉になっているんですね。何で注意報と言わないのという素朴な疑問が皆さんにあるんではなかろうか。なぜそういうややこしい言葉を使っているのかという、これもある意味では意欲のあらわれなんですね、注意報や警報という角度で情報を発表するレベルに達していないけれども、でも大変危ないというニュアンスは把握しているんで、とりあえずそういう情報を皆さんに提供したいという意欲のあらわれが、この工夫した言葉になっているんですが、一日も早くそれを注意報や警報のレベルに高めて、一日も早く注意報を警報として発表するようにしていただきたいという、これはお願いレベルであります。受け取る側も、そういうレベルの言葉として出されているんだということをわかっておく必要があるかなと思っております。

 ここからがようやく河川情報、地上デジタル放送を使ってどんな可能性が広がるか、どんな工夫をしなければいけないかという本題でありますけれども、去年の3月、大阪の大和川で実際の放送の電波を使って実験をされました。そのときのお話を少ししようかなと思っております。この緑と赤に塗ってあるところがその対象の地域で、そのうちの一つの学区、私どもが訪ねることができたのは、7つの小学校区のうちの浅香山という地域でした。どれが浅香山かというと、ここですね、大和川という川がこういうふうに流れているんですかね、こっちからこう流れている。デジタル放送を通じて提供された情報としては、水位、カメラの画像、雨量、それからハザードマップ、最大浸水深図、避難勧告指示といったようなものがありました。

 結論を最初に申し上げますと、たくさんこんな情報が用意されたのはいいんですが、避難する必要があるのかどうか、いつ避難したらいいかという判断をしようとしているときに、こんなにたくさんメニューがあったら、どれを見たらいいのか、どれを見ればわかるのかというところがわからないという、詳し過ぎてどれを見ていいかわからないという難しさがあるなというのが最初の印象でした。どんな画面かという、これはサンプルですが、実際の放送画面をデジカメで撮ったんですが、ちょっとなぜかピンぼけになっているというんで、データ放送の画面はこう切り取ったこの外側の部分ですね。これがデータ放送で、これは表の放送です。ですから今見ていただきたいのはここの部分なんですけれども、このときのここに大和川の実験を、ここを押すとそこへ写りますよというボタンがあって、そこを押してもらうと、ちょっとここが入っていると見にくいんで、これはしかも鮮明に撮れなかったんで、データとしてこんなものを用意しますという、これは河川情報センターのほうで用意された画面です。そして実験放送ですから、ここには仮想の話ですよということをお断りするようにして、ここをぽんと押すとそこへ行きますよという画面です。

 まず、会場では30人ぐらいの地元の住民の方に集まって、このデジタル放送を見てもらったんですが、最初に、地デジを見ている人は手を上げてくださいと言ったら、何と二、三人の方しか手を上げなくて、えっという感じで、そんなに見ている人少ないのかなという感じだったんですが、どうも地デジという言葉自体が余り普及していなくて、自分が見ているテレビは地デジなのかどうかというのがよくわからないという方が多かったのかな、薄型テレビの大画面を見ている人というふうに聞けば、もうちょっと答えた人がふえたのではないかなというようなところもありました。

 それで、いろんなメニューが選べるようになっているわけですが、これは監視カメラの映像ですね、これが水位、詳し過ぎるかなということです。今の画面を少し鮮明にするために、あらかじめ用意された画面にちょっと変えたんですけれども、こんなふうに見えていたはずだということですね。会場に集まった方は、地デジという言葉になじんでおられなかっただけではなくて、この画面の中で使われている言葉に対する用語へのなじみが薄かったというようなことが感じられました。例えばその水位のグラフなんかを用意しても、何かいろいろ線が引いてあるんですけれども、その線のどこだとどういう注意が必要かというようなもの、これをこのグラフで判断するというのは大変至難のわざだなという感じなんですね。たまたまこの地域では昭和57年に洪水にあったという経験をお持ちだというんで、57年のときのレベルというのを示しておいて、そこにあと、どれぐらいまで迫っているとかいうようなこと、あるいはそこをもう超えているとか、何と比べるかというところで、いわゆる危険水位何とかというんじゃなくて、57年の水害のときのレベルというものと比べると、もうちょっとわかったのかなというような、そんな印象を持ったというお話です。

 いずれにせよ、じっくりと落ち着いていろんな画面を読んでみて見比べるという、そういう状況ではなくて、今逃げなきゃいけないんだろうか、どうだろうかという、そういう焦って見るような状況を考えますと、もうちょっとこの画面そのものがメッセージとして、今あなたは何をすべきかということを伝えるような情報になっている必要があるんではないか、行動の指針を端的に示す、そういうものである必要があるんじゃないか、あるいはこの画面一つ一つに、説明というよりは行動のアドバイスが書き込まれている、そういったものになったらいいなというのが、見た仲間の感想でありました。大変欲張っているかもしれませんが、そういう感じを受けたということですね。

 それから、水位が変わるときに、避難の判断をするその基準が変わったよというのをやっぱり色で変えてしまう。黄色から赤に変わるといったような、そういう色調が変わってしまう、あるいはその変わるときにチャイムが鳴る、音がするということですね。そういうアラームとかワーニングといったような機能を持たせる必要があるんではなかろうか、そういう意見がありました。だから、もう水位をメートルとかであらわしてもわからないわけで、だからどうなのという部分、だからを言ってほしいという、これは大変河川管理者としてどこまで物が言えるかということに踏み込んでくることになるわけですけれども、そういう印象をこれを見ていれば見ているほど強く感じたというところであります。
 やっぱりこのグラフの説明になっているわけですよね、長い文章が書いてありますけれども。説明なんではなくて、今という時点であなたは何をすべきか、見ている人は郵便番号ごとに違った情報を受け取っているという前提になっていますので、この浅香山学区の人は浅香山地区の情報をもらっていると、だから浅香山の人が逃げる必要があるのかどうか、そういった情報が欲しいという、繰り返しですがそんな印象でしたね。

 それからこれはハザードマップですけれども、大変苦労してこのハザードマップをその該当する郵便番号の地域の皆さんに切り取って見せるという、そういうことを実現していただいたわけですが、これを見て何か役に立つだろうかというところからいうと、やっぱりハザードマップは、いざ避難するというときに見るものではなくて、平常時に見て、頭の中にそうかと入れておく。もちろん、いざというときにまた見て確かめるという部分も要るんでしょうけれども、いざというときに初めて見て役に立てるというものではなかろうということで、だからこういうときにぱっと出して役に立てようというのには、ちょっとなじまないんじゃないかなという印象を、実際に出してみてそのように感じたというわけです。

 これは、もうちょっと用意された事前の画面ですが、これぐらいには見えるかなということだったんですが、この後、仮に堤防が切れたらこんなことになりますから、今あなたはという話だと思いますけれども、そこいらが難しいなというところであります。

 私どもは、いろいろこの実験に参加をして、どうもいまいち参加した住民の皆さんにこれは役に立ったなという感じではなかったねという印象で終わってしまったんですが、批判するのは簡単なんですけれども、じゃどうすればいいのというところをつくっていくというのは大変難しいということで、今どうしたらいいのかということを河川情報センターから研究費をいただいて、そういう調査研究をしている段階です。この大和川の実験に関しても、批判したことを実現させるためにはどこをどういうふうにしたらいいか、特に放送局側がそこまでやる気になるか、やってくれるかという部分がかぎになってきますので、放送局との話し合いといったようなことをもう少しやらなければいけないかなと感じております。

 これは、河川情報センターの報告書の中にあった図ですけれども、真ん中の上のほうの判断注意水位、この水位というのは右側の避難判断水位、その赤い三角の間のレベルが判断注意水位に当たるんだと思いますが、この間に何を皆さんしなければいけないかというと、避難の準備を始めてくださいよということだと思うんですが、どこにも避難の準備を始めてくださいと書いていないんですよね。避難判断水位を超えたレベルのときには、もう避難をしてくださいよということなんだと思うんですが、それが書いていない。つまりそれはだれの仕事かという部分が確かにあると思うんですね。この水位だったらあなたは避難を始めるんですよというのは市町村が言うべきことだろうという、市町村がこういう地図をつくって住民の皆さんに示すんだったらそれが言えるだろうという、そこいらが河川管理者がこれをつくった場合にはいわゆる限界というのがあるんで、一番下のほうに欄をつくって、自治体のやるべきことというのを書いて、それでここのレベルでは住民に避難の準備を呼びかけるとか、避難をさせるとか、何かそういう欄をつくってあげれば役に立つのかなというようなことかと思います。いずれにせよ、その役割は分かれているというところのややこしさが、なかなかわかりやすい表現にできないという限界を生んでいるのかなというようなことを感じております。

 それからもう一つ、このまとめになりますけれども、テレビの画面を使って情報を伝える、そしてそのデジタル放送のデータ画面の場合には音声がないわけですから、音によるその説明というのがない。そうなると、どうやってわかりやすくするかというのは、画面のほうで工夫するしかない。テレビだったらどういうふうにやるか、実は河川情報センターをつくられる当初からそういう議論に参加して頭を悩ませてきたんですけれども、特に水位のグラフ、水位の絵、あれが非常に不評なんですね。わからない、結局わからない。

なぜわからないかというと、危険水位と書いてあるところの遥か上に堤防があって、まだこれだけあれば大丈夫じゃないかと、絵から見た印象としてはだれもが感じてしまう。だからかなと思うんですが、では、全く危険水位がもう堤防すれすれで、これを超えたらなるほど危ないなというふうに書けばいいのかというと、それも現実と違うという、つまり現実なのか、それともイメージなのかというところの整理ができていないということが非常に大きい。テレビ向けにというのはイメージを大事にして、イメージを表現してくださいということだと思うんですね。ですからこのレベルを超えたら、もうそろそろ避難の準備をしないといけないなというふうに、どうやったら思ってもらえるか、このレベルを超えたら、なるほどもう逃げなきゃいけないというふうに、どうしてわかってもらうか、堤防と水位という絵のかき方で避難の準備をしなきゃいけないというふうに感じるのはどういう絵だろうかという、まさに絵の世界の話なんですね。

 ですから、その呼びかけの中身は、やはり具体的な行動をわかりやすく呼びかける。ストレートに呼びかけられない、つまりそれが河川管理者の仕事ではないというところが大変厄介なんですが、河川管理者が呼びかけることができるとすれば、だれに向かって呼びかけることができるのか。やっぱり例えば自治体の長に対しては呼びかけることができる。そろそろ避難の呼びかけをしてくださいとか、何かそういうのがあると思うんですがね。そういったことをもう少し、あるいは住民に向かっても、やはりもうそろそろ地元の市町村長から避難の準備の呼びかけがあるかもしれませんよということを言うことはできるんじゃないかとか、そういう何を言うべきか、言えるかということをもう少し検討する必要があるのかなということがあると思います。

 気象予報の世界で雨量の数値を示して、その異常さをわかってもらおうというのは、同業者の間あるいは専門家同士の間ではそれで十分なのかもしれませんが、一般の人には数値を示しただけではメッセージは伝わらないわけですから、そこからどんなメッセージを伝えようとしているのかということを端的に言わないと、伝わらないということだと思います。まして避難をするかしないかというような大事な場面で決め手になるような警告、アドバイスということになりますと、わかりやすい、端的にわかるということが必須の条件ではないかなと思うんですね。それがテレビ画面の中に表示されているという意味で、非常に一般の人にわかりやすいのは、カメラの映像なんですね。見ればわかる、いつもと違う、もう盛り上がるようにして流れている、怖いという、見るからに怖いという、それだけでわかってしまうんです。そういうふうに、提供された画面がそういうメッセージを的確に伝わるようなものにするという方法がいいわけですね。アニメ化するようなことですかね。
 それから、やはり適切な説明をつけ加える必要がやっぱりあるんではないかという、それから先ほどちらりと言いましたけれども、色のトーンを変えるとか、それから音を出すようにするとか、そういったものが活きますねということですね。

 ここまで、いろいろできそうなことを言っておいて、実は東京の民放の皆さんが特にそうなんですが、データ放送に、そして郵便番号ごとの違った情報を提供するということに余り意欲的でないように見受けられる。なぜだろう、それが新たなスポンサーを確保する手段になっていないということなんですね。収入源になっていない。データ放送で収入が図られるという状態になっていないもんですから、データ放送にお金や人手をかけるということをしておられない。それがせっかくデジタル放送になるその最大のメリットだったはずなのに、そこを活用するという意欲を持っていないというのが、非常に大きな障害になっています。

 一方で、さらにスポンサーがどんどんインターネットのほうへ流れてしまって、広告料の総料としては変わっていないのかもしれませんが、インターネットの広告料のほうへ全部移ってしまう。そのためテレビのスポンサーが激減しているという状態で、そういう中でさらにデータ放送というものが新たなスポンサーの確保に役立つということになると、みんな一生懸命になるわけですけれども、今までのものはデータ放送にスポンサーはついていないんですね。だから全然収入源になっていないということで、地方の民間放送局も余り意欲を持っていない。しかもそのデジタルへの移行に係って、たくさんの経済負担を強いられたということがあって、どこも経営的に非常に危機的な状況に陥ってしまっていて、幾つかテレビ局もつぶれてしまうんじゃないかということを仲間内では言っているようであります。

 そういう状況の中で、もうからないデータ放送に多くを期待するというのが難しい。頼みのNHKも、どうもそのデータ放送に一生懸命になっても、やっぱり視聴者の支持を得られているというふうに今のところ感じられないという、100%デジタル放送に変わった後の話でも、どうもその変換機を配って、やっぱり依然としてアナログで見るという人が何%か残ってしまうと、全員がデジタルで見ているわけではないという、そういう時代がしばらく続くとなると、どうもデータ放送で伝えるよりは表の放送で伝えることに、やはりもっと工夫、人手とお金をかけるべきだと考える人間がいるというので、私ども日本災害情報学会としても大変苦慮しているところでありまして、なかなか意欲を失いかけている放送局をどう説得していくかというところで工夫が必要だなというところです。ですから、ここに上げたようなわかりやすい画面にしていく、テレビ向けのものにしていくというところから始めていかないと、なかなか放送局が話し合いのテーブルに着いてくれない、いい返事をしてくれないというのが現状かなと感じております。

 なかなか皆さんのご期待に添うような結論が出なくて、まことに申しわけないんですけれども、正直なお話、こういうところであるというお話を紹介させていただきました。

 どうも御清聴ありがとうございました。

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