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第9回 河川情報センター講演会 講演記録
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第9回 河川情報センター講演会 講演記録

 短時間豪雨への対応
   〜2008年8月末豪雨を例として〜

○開催日時 平成21年3月2日(月) 13:00〜15:00
○開催場所 レセプションハウス名古屋逓信会館
○講  師 鷲見 哲也 氏
 大同工業大学工学部都市環境デザイン学科 准教授/博士(工学)
○講演内容
 大同工業大学の鷲見と申します。よろしくお願いいたします。

 岡崎の話が中心ということになると思いますが、お話をさせていただきたいと思います。

 まず、自己紹介をいたしますと、名古屋大学に辻本哲郎先生という有名な先生がおられますけれども、辻本先生が名古屋大学に来られたのが1997年の河川法改正の年です。私は、その年には実は指導教員ではありませんで、たまたま上の先生に来られて、3年後の2000年の東海豪雨のときに調査等に2人して走り回ることになりました。それ以来、水害からは辻本先生もつかまってしまって、最近は忙しいからよろしくという話もたくさん回ってくることになりました。本当は災害というのは研究ではなくて、実際には行政であったり、意思決定であったり、啓蒙であったりといった、本来であれば社会学のほうにもっとシフトするような分野であるはずだと思っておりますけれども、相変わらず水害の話になると工学の人間にいろいろなノウハウを求めてくるということが現状であります。

 そういったバックグラウンドを持っているということだけ最初にお話ししまして、あとはゆっくり聞いていただければいいと思います。


 タイトルは「短時間豪雨への対応」ということでお示ししているのですけれども、今日のトピックは伊賀川のお話、時間があれば大平地区でのお話、そして短時間豪雨という一応共通的な話を前提にして、中小河川や内水氾濫において生ずる問題の構造の話、実はそのほとんどの話は先ほどのお二方の話で出ちゃったんですけれども、その後、時間がありましたら、まちづくりと水害リスクという話もできればと思っております。

 さて、私が紹介させていただくまでもなく、近年の水害と法の対応の関係を少しだけ復習させていただきますと、1997年に河川法改正がなされまして、環境の管理目的化がなされておりますけれども、治水は相変わらずです。あくまで環境は、治水工事をするときに環境も配慮しましょうといった多自然川づくりのような組み込み方、そのほかの例えば河川再生事業といったような組み込み方がなされているところであります。

 2000年に東海豪雨が発生しまして、それ以来、水防法の改正、最初の水防法の改正は洪水予報河川の充実と、浸水予想区域の計算をして公表しなさいと、河川管理者がやる作業がまず最初示されました。2003年に特定都市河川浸水被害対策法といって、その河川の指定として新川が指定されております。

 2005年に水防法の第2回目の改正、その後の改正ですけれども、市町村で対象の河川がある場合には、市町村の洪水ハザードマップを公表しなさいということになりまして、そのほかにもさまざまな諸制度、あるいはもっとトピックになったのは地下施設、都市域には地下施設がありますから、こういったところでの被害を避けるための避難の確保とか情報のやり取りの関係といったことで、様々な対応が法制度のもとでなされているところであります。そして、昨年の1月に「地球温暖化に伴う気候変動への適応策のあり方」の中間取りまとめが行われているところですけれども、まだ途中経過でございます。この話は少し後で出てきます。

 2008年、昨年の8月に豪雨が起こりまして、これも含めた昨年の様々な豪雨をきっかけとして、「中小河川における局地的豪雨対策ワーキンググループ」が今年の1月に報告書を出しているということで、先ほどご紹介がありました。このほかにもたくさんありますけれども、かいつまんで申し上げますと、こういったことでこの10年やってきたということになるかと思います。

 それで、もう釈迦に説法ですのでさらっといきますけれども、短時間豪雨は何で今こうなんだという話をするときには、2つの要因があるかと思います。1つは気候変動でありますし、もう1つはヒートアイランドです。あえて温暖化と申し上げないのは、気候変動は自然にも気候変動がありますので、その成分も含めましてあるということです。その短時間豪雨という特性でいきますと、例えば1時間雨量、これは日雨量で書いていますのでちょっと失敗ですが、本当は1時間雨量100ミリの雨をとってきたつもりだったんですけれども、頻度が高くなるという予想が出ているという情報が出ております。

 河川にとってもっと深刻なのは、計画上の問題です。これも「地球温暖化に伴う気候変動への適応策のあり方」の中間取りまとめで出されている数字ですけれども、現在の計画と、現在の確率評価で将来100年後の計画を見直したらどうなるか、100年後に100分の1の確率で見たときに、現在に見直したら何分の1の確率に相当するかといった数字。あるいはこっちのほうがわかりやすいでしょうか、現在の計画をそのまま将来の確率特性に当てはめたときに、何分の1の確率の雨になるのかというと、50分の1とか60分の1に下がっちゃうということで、こういった数字が整理されています。つまり、私たちは工事実施基本計画以降、確率雨量でいろいろなものを考えていますけれども、年がたっていくとどんどんその確率評価が変わっていく。では、何を基準にしようかという問題がそこに存在します。

 その一方で、これは大きな雨の話しかしていませんけれども、短時間豪雨の特性でも同じようなことが起こってくることになります。こうした中で、私たちの河川管理、河川計画はどうしようかというところにいるということをまず申し上げます。そうした中で、今回の豪雨の話をしたいと思います。

 これも、コンサルの方とか役所の方はもういやというほどごらんになっていると思いますが、気象庁の美合のアメダスでは、先ほど紹介ありました146.5ミリの1時間雨量でした。これは実測です。

 これは、愛知県さん今日来られていると思いますけれども、愛知県の取りまとめられている愛知県の確率降雨という資料が平成17年にまとめられていると思いますが、岡崎地区の確率降雨ですと、1時間雨量は86ミリが200年規模だそうです。そうすると、それに比べてとんでもない雨、確率年とかに書けない雨になっているということです。

 左は天気図ですけれども、当時の気圧配置、気象関係の配置は、東海豪雨とそっくりです。これは気象庁の方も認められていますし、専門の方もそうだと言っておられます。これは熱帯低気圧なだけで、実際には台風だったのが2000年です。

 右側が1時間の降雨の雨量で、先ほどごらんになっていたものと同じものの、岡崎で一番降った29日2時までの降雨の分布です。

 そして累積雨量ですけれども、400ミリ前後ということで、これで見ると一宮、名古屋の付近がちょっと少ないんですが、名古屋は本当の短時間豪雨だった。一宮はちょっと降りました。そして岡崎と、余り報道されていないのが豊橋です。豊橋がよく降りました。この間の幸田町とかもたくさん降ったということです。

 そして、全国的には関東でも降りましたというのが下の絵でございます。こうしたバックグラウンドの中にあります。

 そして、平成20年の雨はどれくらい統計的に飛び出ていたのかというのを示している絵で、愛知県をちょっと囲っていますが、例年の2.66倍、日最大1時間雨量が観測史上更新した観測地点の数が例年の2.66倍ということで、とんでもなく多かったということです。

 地域で見ますと、先ほど申しましたように関東と東海を中心とした災害だったんですが、東海地域では余り報道されていないのが名古屋市と一宮市、そして豊橋市です。一宮市については、私しっかり調査していませんのでこれから調べたいんですけれども、名古屋市は今資料をまとめられているところだと伺っております。豊橋市も調査がかなり進められています。

 これは、数字ばかりですのでざくっとしか紹介いたしませんが、名古屋市では床上浸水が1,149世帯、これは9月10日のまとめですけれども、9月10日時点では、それを除いた愛知県で1,203戸が床上浸水。とんでもない数の床上浸水が起こった。避難勧告は愛知県全体で50万世帯、そのうち名古屋市が36万、岡崎市が全世帯の14万6,000世帯ということになっております。

 内水氾濫が特徴的だった災害だと思います。報道されていますのは外水氾濫、つまり川があふれたとか切れたというところはみんなヘリコプターが飛んでいってやっているんですけれども、実際には夜中に降って名古屋市内の低平地が氾濫して、内水氾濫、川に出る前に氾濫して、そして明るくなる前に引いちゃったというところが広く起こりました。それが今回の特徴かと私は思います。

 そのほか、地下施設、交通施設の麻痺ということで、名古屋駅に人があふれました。さらに、雨の強さからいくと東海豪雨よりも上です。総雨量では違いますけれども、時間雨量でいうと、100ミリを超えるところが一宮市、名古屋市、そして岡崎市、豊橋市等、非常に広いところで起こりました。パターンは東海豪雨と全く同じということです。

 これは、名古屋市の今取りまとめ中の氾濫域の浸水実績図です。見るからにわかると思いますが、このお城の北側と西側、庄内川の洪水ハザードマップを見ていただければわかると思いますが、べったりここが4メートルとか塗りつぶされているかと思いますけれども、つまりその低平地が内水氾濫で氾濫が起こっている。非常に広い範囲で起こったということです。

 これが県も含めた状況ですけれども、岡崎伊賀川の水害の紹介をします。県の方もおられますから、本当は私がしゃべらなくてもほかに詳しい方がいっぱいおられると思いますが、一応私の調べたものを紹介いたします。

 伊賀川というのは、この左が矢作川、そして乙川がここに合流します。岡崎市内です。岡崎城がここにありまして、伊賀川はここから合流してくるという川です。流域は12平方キロで、管理延長が5.2キロですけれども、上流のほうが山、そして下流のほうは台地状のところです。その台地の縁に沿って下流のほうに流れて乙川に合流しています。下流区間は自然河川ではなくて、大正年間までに掘られた人口掘削の河川であります。河川の計画は当面の5年確率、これは工事中のときからそうだったと思いますけれども、このあたりはまだ整備が終わっていない。5年確率も終わっていません。07年に整備計画が改めて立てられたところ、その翌年に今回の出水になったということであります。

 この伊賀川は桜で有名ですので、あと3週間もすれば、また桜を見に皆が市内からやってくるというところであります。

 航空写真は、先ほどの重ね合わせです。こちらから上流、下流です。このあたりから掘り込み河川で、台地がちょっとだけ左側に張り出しています。その少し内側を人口掘削されて、このあたりはもう外堀になっています。名前を覚えていただきたいのが、この中の愛宕橋と中橋、町の名前でいいますと伊賀町と元能見町、本当はここに城北町とかあるんですけれども、今は仮に元能見町ということにさせていただきます。この2つの地点を見ます。いずれも掘り込み河川の区間になります。

 地図で見ますとこういった形でして、私は岡崎のまちがすぐれていると思いますのは、台地の上にまちが形成されていることです。台地の上ですので、低平地の氾濫は避けられるべき場所で、ここにいる人たちは今回の豪雨は、窪地のところでない限りは水害が避けられた、窪地のところは避けられなかった。そして、こちらの低平地は完全に内水氾濫でやられたということになります。

 この伊賀町の中橋というところが掘り込み河川でございます。この部分を航空写真で拡大したところ、ここに伊賀町愛宕橋、そして元能見町中橋、その下流に瀧見橋という橋がございます。問題になっていますのは、この川の中に家が建っているという話と、こちらに窪地がありまして、ここが冠水したという話の2つに大きく分かれます。

 これが下流の拡大の写真です。ここでいったん現場を離れまして、雨の話をさせていただきます。

 先ほど申しましたように、気象庁の美合地点の1時間雨量の推移、本当は棒グラフでかきたいんですけれども、折れ線でかかせていただきました。146.5ミリが29日の午前2時までの1時間に発生しました。岡崎市には消防がたくさんの雨量計を置いていまして、オンラインで情報提供しております。それと比べますと、美合地点の雨量は断突で146.5ミリ。その次が消防本部といって、実は流域にかなり近いところですけれども、ここが100ミリ前後。そのほかも80ミリ台ということでありました。つまり、美合地点はかなりピンポイント的に大きな雨が瞬間的に発生したということでございます。

 面的に見てみますと、これが一番雨がたくさん降ったであろう2時までの1時間雨量のレーダーアメダスの分布、先ほど1キロメッシュと紹介されていましたけれども、1キロメッシュのデータをGIS上に張りつけたものです。実はこの雨は若干補整をしております。この美合地点がこちら、伊賀川がここですけれども、水を集める伊賀橋というところから上流の流域は、ここで約10平方キロ。この近くに消防本部という雨量点と、あと国交省の雨量観測点があります。東のほうがちょっと雨が多いということでした。

 そこで、ちょっと紹介の絵を入れるのを忘れたんですけれども、地点雨量とレーダー雨量のデータの差があったかどうかというのをチェックしました。そうしたら実際には、75ミリくらいより上の雨量強度は実はレーダーでは過少評価になったということがわかっています。この地点ではそうでした。先ほどXバンドレーダーで、もっと水平に本当に降っているあたりの雨をつかまえようということが紹介されていましたが、レーダーのデータだと過小評価になっている可能性がある。逆もあるかもしれませんが、この絵は補整した後です。後でも、実はこの辺は全く合いません。つまり、皆さんご存じのように、雨の一つ一つは2キロくらいのスケールの積乱雲で降っていますので、そのスケールをあらわせないということと、雨そのものをつかまえていないということになります。

 もう一度現場に戻ってみます。これは、先ほどの上流の伊賀町愛宕橋のあったところの現場の写真です。災害が起こった当日の夕方に入って撮った写真ですが、ドロドロです。この泥は実は崩れた堤防の泥が乗っかっているものです。

 こちらが問題の、1名の方が平屋建てのところで亡くなられました。この左に曲がるとその家があるのですけれども、これは当日作業をしているところです。線が入っていないんですが、ここが痕跡の上限です。軒より上です。ここで実際測量したところ3メートルでした。高さ3メートルですので、平屋では逃げ場がないという状況に陥ったということです。

 これは、堤防の上から写真を撮っているんですけれども、手前のほうが少しスロープで下ります。向こうのほうは、またドン突きで台地のほうに上がっていくということで、ここはすり鉢状の窪地になっているという地形で、氾濫したときには水の逃げ場がない。一応排水場とかもありますけれども、雨水用のポンプはありますけれども、越水用の排水ポンプ等はありません。ここの白い線がほぼ痕跡に相当します。ですから、1階は全然だめだということになります。

 普段の様子はこんな感じです。先ほど写真を撮っていたのはこちらです。これは今上流を見ていまして、愛宕橋、そして堤防の道路、そして伊賀町の真ん中を通っている道路ということで、実はこの堤防の高さと地面の高さは3メートルです。余り見えませんけれども、3メートルの高さの差で3メートル水没ということ。これは普段の様子です。

 実はこの愛宕橋、これは下流から見ている橋ですけれども、2000年の東海豪雨のときに橋の橋脚がありまして、ここにごみがたくさん引っかかってあふれたということです。岡崎市が道路のお金だと思いますけれども、架け替えをしまして上げて、やれやれと思っていたところ、また出水が起きまして、また橋に水、ごみが当たりました。橋脚はないんですが、当たりました。これが影響があるかどうかは後でお話ししますけれども、結果からすると、水位への影響はほとんどなかっただろうと思っております。
過去の浸水実績については、この伊賀町のところは昭和46年の浸水域でもつかっております。これは浸水実績図で、河川整備計画に掲載されているものです。こういったところが危ないということは、実はポテンシャルとしてはわかっている場所でした。

 そこで、先ほどの場所の測量を簡単にしてみました。堤防道路と言っていたところが一部ちょっと低いところがありまして、パラペットが乗っていたんですけれども、それでもちょっと低いままで、この高さに対してこの地面までの高さは3メートル強でありました。ここの浸水深は3メートル、軒先の上ということで、堤防がここからここまで7センチとか9センチとか、ごくわずかの高さの差しか最終的な差としてはありませんでした。川の水深は、越流の痕跡として40センチくらいの越流水深が出ているということで、私の計算推定では、この状況では毎秒2トンずつくらいの流量がこちら側に越水したであろうと見ています。実はここは、この地点がたまたま低くて、その上流と下流は30センチくらい高かったということで、その逃げたところが窪地ということになりまして、最終的にはここはほぼ満杯の状態になったというのがこの場所の状況です。ここで平屋があったという状況でございます。

 今度は、下流の元能見町の現場にまいります。これはよく報道されているところでございます。これが中橋、下流から見ています。手前に段差がありますが、段差から手前の下流側はかなり整備が進んで川幅も広くて、高さも低いところです。この手前までの区間、この部分が狭い。幅が6.5メートルくらいの脇に家が建っている。上流から見てもここが6.5メートル。河川区域はここでなくて、この道路の際です。この中に家が建っているということで、現場に行かれた方はおわかりだと思いますが、何で川の中に家が建っているのだろうというような現場でございます。新聞記者の方も、最初これを見て、これはちょっとおかしいんじゃないかと思ったけれども、最初はその事実をどう考えればいいかがわからなくてすぐに報道できなかったと思います。やはり家が建っている状況はおかしいということを9月中旬以降、それについても報道するようになってきたかと思います。

 これを橋の下からのぞきます。手前が10メートル以上の幅、そして奥のスリット状になっている部分が家の間ということで6.5メートル、川幅の半分程度になっております。

 これをさらに手前の上から見ます。この上流の左岸の橋の少し手前、ここはまた堤防が低くて、しかもまた悪いことにこの左がまた窪地なんです。逃げ場がないです。ここの隣に住んでいるおじさんがその窪地の低いところに「ここまで水がきたよ」と教えていただいたところです。台地なんですけれども、結構凹凸がありますので、そういう窪地ができちゃうんですね。川が真っ直ぐにできると、そこに低いところから堤防を盛りますので、そうすると堤防と台地の間にはさまれて窪地が幾つかできる。短時間豪雨ではこういったものは内水氾濫で普通よく起こるんですが、今回は外水でやられているということになります。

 縦断のデータ、これは私のところで河川整備計画のデータを張りつけて、その上で今整理しているデータですけれども、まだ整理途中です。まず川底を見ていただくと、河川整備計画のデータではオレンジ色の河床高の分布で、ここが先ほどの狭い家の建っているところです。実際にはこんな斜めではなくて、この濃い茶色は私どものところで測量をかけた結果ですけれども、実際にはもっとフラットで、その上流と下流で、下流はもう2メートル弱の段差があります。こちらはもう整備がいったん仮に進んだところ、ここからが全然進んでいない。家が狭く建っている。

 水位のほうは、堤防のほうを見ますと、堤防は先ほどおじさんが怒っていたところ、そしてここから400メートル上流、先ほどの愛宕橋のところに堤防がやや低いところがあって、そこからあふれたという形で、痕跡水位としてはここで出ている。そして下流では、実はここはほぼ限界流、水理学を習った方はおわかりだと思いますが、ここが限界流で、ここが段差ということで、ここからはもう堰切りされているという状況でした。

 痕跡水位としてはほぼ私の中では確定しているんですけれども、計画上はどうなっているかといいますと、計画箇所はここから1メートル以上川底カット、もちろん川幅も先ほどの狭いところは全部幅を削ってやる予定ですし、その結果、5年に一度の流量で水位はここという見込みを愛知県ではされていたはずだというところですが、ここで工事が全部止まっているということになっております。

 また雨が出てきましたが、レーダーアメダスの雨量のデータを整理しまして、それをもとに雨を少し考えています。これはレーダーアメダスの整理した雨です。流域平均の雨量を整理してみますと、時間最大で大体110ミリくらい。ちょっと大きめです。私は100ミリ切ると思ったんですが、流域平均で108.8ミリ、これをまず合理式に入れてみたんですけれども、中小河川計画手引きなどに入れてやってみますと、流量が250m3/sとか290 m3/sとか出ています。5年に一度の計画でたしか120 m3/sだったと思いますので、とんでもない雨です。これが貯留関数の結果ですけれども、貯留関数に入れて適当にやっても200 m3/sくらい出ますので、計画よりははるかに大きくなっています。

 不等流計算をして見ているんですけれども、なかなか合いません。ローカルな原因が非常に多くて、中小河川の計算はやっぱり難しいです。形が急にこんなになるとか、こんなに広がるとか、段が宙に浮いてそこのところをすりつかせるのか、それともプチッと切って運動量でつなぐのか、エネルギーでつなぐのかといった計算をしなければいけませんので大変なんですけれども、ざっくり計算してみたところ、上流は合います。伊賀町は実は水位は合わせようと思えば合います。問題は、住宅のところが意外と水深が出ます。でも、住宅のところは限界流が発生しますので、抵抗は関係なく断面形と流量だけで決まるはずですから、ここが合わないのは絶対おかしいということで、今これは流量を150 m3/sで仮定しているんですけれども、全然ここが合わない。

 先ほどの伊賀町のところで説明を忘れたんですけれども、おばあさんが流されて、日間賀島まで流されました。そこは、コンクリートの壁が内側に張ってあって、コンクリートのてっぺんから数十センチ下のところに地面を岸側につくって、そこに家を建てています。この壁の外側に今回水が上流から入りました。そのおかげで、恐らくですけれども、その水が地下にしみ込んで洗掘等も起こったでしょう、それで不安定になって、床が抜ける、あるいは壁が崩れるといった形で流されたと思いますけれども、こういった状況をここで再現するわけです。

 ところが、150 m3/s流しても水位が高過ぎて説明できない。形だけですからここくらいは合うだろうと思ったところが、合わなかったということで、これを120 m3/sまで下げてみました。やっぱり流量がすごく効きます。だんだん合います。場合によっては、100 m3/sくらいではないかというのが今の見込みです。

 何が言いたいかといいますと、今これは流量を一貫して計算していますけれども、実際にはもちろんここで越流しています。ただ、越流が2m3/sとか5m3/sとか、多分それくらいのオーダーですのでほとんど効かなくて、実際にはもっと上流でドードーとあちこちであふれたところがいっぱいありましたけれども、これは今の私の計算ではしていませんが、半分くらいあふれているはずだと思います。あるいはたまってその後出てきているはずだということで、ここでは通水能力はやはり計画どおりには全然流れない。計画が120 m3/sですので、それよりも全然低いんじゃないかというのが現在の見込みです。これはまだ作業中のところで皆さんにお示ししています。

 そこで何が起こったかという話をいたしますと、とにかく家が川の中に建っています。川が狭い。上流は限界流を発生させて堰上がります。堤防の低いところで、まずその中橋の上流の元能見町というところであふれました。そこから400メートル上流、この水位がずっと、これは常流ですね。水理学を習った方は常流、つまり下流から水面形が決まる流れになっていますので、この部分が影響して、常流の端に当たる水深になってぶつかっている。それで伊賀町にあふれているということです。結果として、伊賀町では3メートルの氾濫という結果になりました。

 そこで、何が起こったのかは、私に聞くよりも、ここに来られている愛知県の方に聞かれるのが一番早いんですけれども、私のところでの情報が間違っていたら後でご指摘ください。計画上は暫定で5年規模です。河道内の住宅の移転を本来するはずでした。これは工事実施基本計画というか、旧河川法が成立した後の時点で、この時点で岡崎市がこの住民に地代を取って土地を貸している状態をいったん成立させて、つまり権利関係やそういう関係をさせて、市が責任を持って移転させますよ、移転交渉しますよということになっていたと、私のところでは把握しております。その交渉が進まずに、県としては管理者ですけれども、市が移転交渉すると言っていたが、進まなくて、それがここまできてしまった。ここの通水能力は5分の1もないのに、川は当然下流からしか整備できません。上流を整備したら、その狭いところの上流で水があふれてしまいますのでできません。そういうことで、上流でも能力不足で越水して氾濫ということになりました。

 そういう私の中でのストーリーになっております。間違っていたら、責任を持って説明していただける方に説明していただければと思います。ここまでが私の把握しているつもりの伊賀町、伊賀川で起こっている状況ということです。議論は幾らでもできるんですけれども、もう少し話をしてしまいたいと思います。

 この話も含めてまちづくりの視点からちょっとさせていただくと、伊賀川です。これは航空写真で、戦後の写真です。先ほどの伊賀町の窪地と言っているところはここです。実はここには何も建っていません。田んぼやら町やらそういう状況です。つまり、この時点では氾濫リスクがあることは明々白々で、皆さんご存じだったということになります、この時点では都市計画はありませんので。1961年の時点でも、農地利用はあるみたいですけれども、まだ家はそんなに建っていません。あるいは盛土をして建てているところがあります。74年くらいになるともう怪しげになってきて、ちょっと私は把握していませんが、この時点では多分市街化区域に設定されていると思います。この74年、75年あたりは結構怪しいです。現在はもうばっちりと家が張りついているということで、ちょっと写真を持ってくるのを忘れたんですけれども、そうした形で、ここは準工業地域ということで、言ってみれば何でも建てられるようなところになります。

 まちづくりの側面も含めての教訓ですけれども、河川区域にある住宅という異常事態、しかも狭い川になっているという異常事態ですので、教訓といっても、もうスタートの時点が問題です。この家が何で建ったのかというのは、一番最初、大正年間に掘削されたとき、そこで働いていた人がそこに住み着いたのではないかと言われているだけで、私は確認していませんけれども、バラックとかで住み着いた人がその後家を建てちゃってそのまま住んでいるということが歴史的につながって、その後工事実施基本計画を作る際に、それを賃貸という形で位置づけてしまったということがこの問題の根幹にあります。そういった経緯といかに決別するかというのに、市も県も頭を悩ましているところだと思います。大変な問題です。

 一方で、そこに住んでいる人たちの世代が変わると、この土地は別に普通に住んでいればいいんだと思っている人たちもいっぱいいたでしょうし、周りの人たちは「何であいつらあんなところに住んでいるんだ」と思いながら、でもコミュニケーションは多分図ってこなかったと思います。お年寄りの方はどういう問題があるかは知っているけれども、下の世代の人たちは知っていたかどうかがわからないし、そんなこと今ごろ言われてもという話に結局なってしまう。だから重要なのは、まず地域のコミュニケーション、問題があるのはわかっていながらも、その問題についてコミュニケーションをまず図ってくださいというのが根幹の問題ではないかと私は思っております。つまり、知らなかったと言わせない状況をまずつくることだと思っております。

 2007年の整備計画では、この部分はとにかくやれと、非常に重大な阻害をもたらす地域だということが宣言されて、認識されていたんですけれども、それを川に関係している人たちだけ知っていてもしようがないですので、コミュニケーションを図る必要があります。これは住民の地域間、例えばさっきのおじさんは怒っていたんですけれども、東海豪雨のときにもう「早くあそこをどいてくれないと、うちがまた浸かる」という危機感を持っている人は上流に実はいます。でも、それを当事者として住んでいる人が知っていたかというと、「そんなこと、僕は何も文句を言われたことがないよ」と言う人が多分たくさんいます。こういう地域間でコミュニケーションがないこと、喧嘩してでもいいですから、コミュニケーションがあることの方が大事です。

 余談を言いますと、この前の岐阜県大垣市の荒崎水害の判決が出ましたけれども、あれでも全く同じ話だと私は思います。つまり、地域間で対岸の住民を守るために、あるいは地域を守るために、あそこはそもそも左岸しか堤防はつくらなかったという歴史的経緯を知っている人たちから見れば、右岸側の堰を締め切るのは納得できないという、そのこと自体をその地域の人たちが皆知っているのかどうかということがまず大事なんです。知らずに締めたら、「何で締めたか、僕らは昔からこんなふうにやってきたんだ」と言って、お互いにまたけんかになる。何か起こったときに初めてけんかになる。そうじゃなくて、ふだんから喧嘩してくださいということです。これは住民、地域間の問題です。

 私はマスコミの取材を受けるときにそのことをいつも言うんですけれども、なかなかそういうことは書いていただけません。住民がやりなさいということは書いていただけない。もちろん自治体の中にも問題はあります。そもそもこの地域は市街化区域化されていますので、市街化区域になるときに何でそこをやったんだということを、外から見れば言えるわけです。ところが、いったんそこに住み着いてしまってからは、それは言えないわけです。自分がそこに住んで、土地を持って、資産価値があると思っているのが資産価値の低下をもたらすわけですから、そこがまず問題でした。そうすると、都市計画部門と河川、あるいは排水関係の部門が治水のリスクに関してコミュニケーションを本当にとっているのでしょうかということになります。

 もっと言うならば、マスコミもなぜそんなことを今ごろ問題が発生してから言うんですかということを私は申し上げているのですけれども、そんなことはもちろんマスコミに書いていただけませんので、それもない。地域のマスコミというのは、そういう意味では予防の原理を働かせることができる、極めてよいメディアなんですけれども、残念ながらそういうしたリスクがあることをなかなか喧伝してくれない。そのことにも私は不満を持っていますが、そうしたことをやはりやる必要があるというのを、今回大垣の水害の判決でも思いましたし、この水害でも思いました。

 3つ目、従来からの危険地域を考えて、本来はその都市計画、宅地化へのハザード情報の組み込みが必要です。この判断が全くなされてこなかったということがそもそもあります。都市計画というのは、私にとっては全然未知の領域でわからないのですけれども、一方では建築のほうへの影響、つまり建築規制に対する影響に働かすということも方法論としてはあるのかと思っております。

 それで、いったんこの現場の話をとめまして、「短時間豪雨対応の視点から」ということで一応話をさせていただきます。実は先ほどお二方にも話をしていただいたので、半分言うことはありませんのでさらっと聞いていただければと思います。

 今回の豪雨の時間的経緯というのは、私ではなくて県とか市の担当者の方に話していただくのが一番いいかと思います。外から見えている情報だけで言いますと、大変な雨が降りそうだと名古屋地方気象台が把握したのは23時台で、48分にその情報をファックスで流しています。このときには、「以前の東海豪雨に匹敵する大雨が降る」と、最大級の言葉でファクシミリを送っているそうです。送って、自治体ではそれを受け取り、気象台は三河地方南部に大雨洪水警報を翌日0時6分に出しています。それと同時刻に岡崎市の場合は災対本部を設置しましたが、1時半ころには伊賀川がもう氾濫している。つまり、1時から2時の間にとんでもない雨が降って、流達時間、洪水の到達時間が1時間以内ですので、もうこの時点であふれ始めています。そして、2時にそれまで時間100ミリ以上の雨があちこちで観測された。そして2時10分に岡崎市は避難勧告を全市に発令しました。その後、2時半には伊賀町では床上1.5メートルまで浸水しています。この床上1.5メートルは何を言っているかといいますと、平屋の1階の家の中に掛け時計があって、その時計が止まっている時間が2時35分くらいということで、それくらいの速度でいきました。1時半に話しているというのは川の目の前の人が確認していますので、1時間で2メートルくらいの水位上昇があったということになります。

 こうした時間的な経過を見ますと、もしこのスタートが23時48分ということになりますと、氾濫までに1時間半しかない。これは水位ではなくて雨がスタートです。河川管理者としては、もちろん雨から流量に変換して、水位に変換して、水位が変化するということがなるべく早い段階でわかるといいんですけれども、2つ問題ありまして、雨はこうした短時間豪雨ですと積乱雲規模になります。そうすると、寿命が20分とか、長くて1時間とか。しかも、どこでその20分の雨が発生するのかを先に見えるかというと、ポテンシャルとしてしかわからないというのが現在の状況だと思います。それで、警告は出しているけれども、つまりこれくらいの大きさのバンドとしての警告は出せるんですけれども、ピンポイントで「伊賀川流域で降ります」と宣告できるかというと、できないわけです。

 その後、実際に雨が降り続けているところで、では何分後に流量ピークがくるとわかったとしても、流達時間が1時間30分ですから非常にリードタイムが短い。そしてその上に、その水位がこうなりそうだという情報、予報河川だったらいいのですけれども、通知をするだけの河川、現在水位はこうですよという河川でしたら、リアルタイムでしか水位はわかりませんから、予測になっていない、リードタイムがない。その状態から避難をさせるかさせないかという判断をする時間があるかといいますと、ほとんどない。2時10分はちょっと遅いと思いますけれども、きめ細かい判断をしようと思うと、結局判断できなかったと思いますが、こういった状況だったと思います。

 ちょっと関連して申し上げますと、言いたいことを先に言わせていただくと、市町村の合併の弊害というのはこういうところに出てくると私は思います。つまり、自分の地域の判断だけすればよい、非常に小さな地域のところだけ判断すればよいのであれば、こういった意思決定は早くできると思うのですけれども、避難勧告は市長が出さないといけませんので、そうすると、広い地域を管轄しているところは、どの地域でどこがどれだけ危なさそうなのかという判断を、たくさんの膨大な作業を非常に短い時間でやらなければいけなくなります。ところが、小さな市町村であれば、気象庁からファックスをして、河川管理者からのアドバイスを受けながら意思決定がすぐ自分とこだけに対してできますので、市町村合併というのはある意味では弊害があると私は思います。

 さて、では何ができるのかということになりますと、極めて限られていると思います。先ほどもお二方に言っていただいたのでさらっといきますが、避難勧告等への意思決定の迅速化、それは今言った話です。非常にリードタイムが少ないところで、材料が今そろったので、ではここで今こうしようという素早い決定ができるだけの状況、体制ができているか、情報があるかということです。

 そして2つ目は、リードタイムをいかに稼ぐか、Xバンドはもちろんきめ細かいリアルタイムの情報を集めるシステムですし、気象庁が一生懸命計算するのは先行の雨の予測です。そして、それをインテグレードして最終的に水位上昇まで持っていくといった形で、洪水予報河川では計算するということになります。これがどれだけ稼げるか。でも、積乱雲の時間スケールは20分と考えると、稼ぐ時間はほとんどない。

 次は、意思決定した後の伝達です。あるいは意思決定する前までの情報のやり取りのあり方です。人間が介在するということと、ファックス等による通信はpoint to pointですから、大勢を相手にするときには非常に膨大な時間がかかるということです。確実性を言うとこういったもの、point to point、Pier to Pierになるのですけれども、速度でいくと下がる可能性があります。これは市町村の運営の実態と関係しています。一部ではもう検討されていると思いますけれども、ネットでスピードアップする、つまり1対多数の状況が今どうなっているのかをリアルタイムで把握できるような仕組みの構築も検討されているようです。

 この対応の視点を考えますと、公助、そして共助、自助、それらを支えるハード、ソフト、そして法制度といったものがあります。この公助のところは、先ほど申しましたように、もちろん住民を動かすわけですから、そのための意思決定のプロセスをいかにスピードアップできるか、きめ細かくできるかという洗い直しになると思います。これは非常に難しい問題で、私ども研究者が乗り込む余地はほとんどないか、乗り込み切らないとこの話はできないというのが現状だと思います。

 2つ目です。水災害時の避難勧告、避難所の情報伝達の手段が本当に確保されているか。これは今回の岡崎の件でも問題になったと思います。幸田町では、全世帯に防災無線を配布しようということがもう既にかなり進んでいるそうです。実際、今回の幸田川の氾濫のときには、かなり先行して避難が進められたというふうに伺っております。岡崎市でも今回の被災後、防災ラジオを被災地を中心に配布していますという情報があります。

 こういったことも含めて、コストがかかる中で、一体どうやってアイデアを出してやろうかというのが今求められていることです。私には何が正解かはわかりませんけれども、ハードウエア、ソフトウエアのサポートで何とかできないだろうかということを思います。どこも苦慮している話だと思います。まだ地域の自治会とか防災組織があるところはいいんですけれども、私、今1人で単身用のマンションに住んでいまして、その建物では自治会費は払っているけれども、何の役割もしていません。ほっておくと何の情報も入ってこない。そういったところで、一体連絡網はどうなっているのかと言われてもわからない。実際水害が起こったときには、知らない間に水害が起こって、周りは水びたしになっているという事態になるわけです。

 そういったことも含めて、確実に情報が伝わる方法をどう確保すればいいのかということです。この公助が間に合わないという話を前提にしたときに、自助、共助が生かされるかどうかということが次にかかわってくる話です。つまり、避難勧告はいつ出るのかと待っている間に水がつかるというのが現在の実態でして、役所からの連絡がくる前に、とにかく自分たちで川を見てこいとか、あのおばあさんをこっちに連れてこいとかというようなことを地域でやれていれば、今回のようなことは起こらないわけでして、そうした共助の体制がきちんとできているかということが問題になります。

 それは共助の組織、つまり地域防災組織であるとか水防の組織とかがきちんと機能するのかどうかというチェックが問題になります。そして都市部では、先ほど申し上げたような組織率が低いですし、一方で、市町村から連絡がないときに「連絡がないから僕は知らなかった」と、その地域の総代さんに言われても困るので、「そのときにはちゃんと自分たちで行動をとってください」という啓蒙が必要です。

 組織率の話をしますと、先月の新聞に「自主防災の組織率、愛知県は98.8%ですごい」というのが載っていました。載っていたんですけれども、それを実感されている人と実感されていない人が多分います。私は全く実感できていないタイプですけれども、「そんなこと言われたって、どこに誰から連絡がくるのだろうか」という方がいっぱいおられると思います。つまり、世帯のカバー率というのは、自治組織が一応自治会費を払ってやっているその世帯数も含めてカバーして、誰々さんはこの役割という名簿がそろっていれば、その地域は多分全部カバーされたことになんです。でも、じゃ本当に連絡がきちんと届くのかといったときには、届かないだろうと思います。そうした実質的な問題があるだろうと思います。

 それで、共助、自助のときには、ただ雨が降っている状況だけで我々行動するわけにいきませんので、基盤となる情報が役所から一々届かなくても、自分たちで集められる、あるいは目に見える体制をつくっておくことが前提条件として必要になると思います。つまり、先ほどおっしゃられた河川情報センターのシステム、川の防災情報は、私が新川のそばに住んでいたら新川の情報はすぐ得られるわけです。でも、伊賀川の場合は伊賀川のデータが今ありませんのでわからないわけです。そうした違いも含めて、リアルタイムの公開情報がどれだけ積極的に活用できるのか、これは自助というより共助のほうが大事だと思います。

 つまり、その地域の総代さんが、ちょっと目の前の川に行くのは大変だから、あそこの川まで行くのは危険だから、今ここでデータを見てみようということを自主的にやれる体制がまず必要ですし、一方で、逆に強制的に配信される仕組み、メールがその地域に強制的に送られるような仕組みをつくったらどうかという話を、先ほどの報告でされていましたけれども、そういったことも含めて、いかに制度化するかということが問題になります。

 こうした届くような設定というのが一つのキーワードになると思います。それは世帯でも自主防災でも同じです。土石流の場合は、その自治体を経由しないで、役所を経由しないで、目の前の谷が土石流でワイヤーが切れると、ここから電線でここまで伝わってきて、ここでウーとサイレンが鳴ってというような、目の前の沢がこうなったら自分たちのところに情報が届くという単純な仕掛けでもいいので、いかに安価にたくさん、そして強制的に地域の人に届く仕組みをつくれるかというのは、ソフトウエアとハードウエアをつくっていただく方にお願いしたい話だと思っております。

 3つ目です。これは普段からの認識の定着です。これは、私がさっき言ったコミュニケーションの話に加えて、ハザードマップとかリスクコミュニケーションをどれだけその地域でやっているか、そして認識しているかという2つの話に加えて、住民の意識がどれだけあるかということが問題になります。

 実は伊賀町で不幸だったのは、伊賀町の方々は東海豪雨でやられていますので、比較的意識は高いんです。高いけれども、いざとなったときにおばあさんは隣の家の2階には逃げられなくて、実際に避難勧告はもうあふれ出した後でしか届いていないという状況になりました。普段からこの場所が危ないと思って自分たちで動けるようになるためには、少なくともまずその地域が危ないということを知っていないといけない、これをまずいかに啓蒙するかということが大事です。知っていたら、まず住宅を建てるときに平屋にしません。高床式にするとか、盛土にするとか、そうしたことをまず自主的にやれるはずです。これがやれないのがまた問題ですが、後でお話しします。

 こうしたハザードのリアルタイムの情報をいかに届けるかということ、ハザードを普段から皆さんに届けようという話と、いざとなったときに今どうかという情報を届けようという、この2つの側面が今情報の分野では非常に重要かと思っております。つまり、普段リアルタイムに情報はこうやって届けられるよねと、自分で確認できることも大事ですし、普段からハザードマップで我々は浸水深4メートルのところにいるよと思っていることも大事ですし、リアルタイムの情報を自分で確認できるということが重要です。

 そのうちの一つが、被災ポテンシャルがどの程度あるのかということ、危ない土地なのかどうかということ、本当はこれが一番知っておいていただきたい前提条件かと思っております。

 洪水ハザードマップには改善の余地があると思います。これは国交省も含めて認識していると思いますが、現在のハザードマップは大洪水を対象に作られていますので、とんでもないときしか起こらない絵ができるわけです。一方で、内水氾濫は1/30でも1/10でもあふれますから、そっちのほうが住民にとっては大事かもしれません。資産価値としても大事ですし、いつも起こる話なのかということが大事になってきます。

 そうしたことを考えますと、幾つかの規模による氾濫域の想定というのは重要かと思いますけれども、いかに見せるかが今議論されているところだと思います。豊田市などではもう計算をされているそうですけれども、10年に一度の雨でこうなります、30年でこうなります、100年でこうなりますという情報ももう整理されていて、内水氾濫のリスクが高いのはどこ、そしていざとなって矢作川が切れたら市街地は全域4メートルという形の絵がかけているところもあります。でも、全然何にもないところもありますから、そういうところでは浸水実績図を使ってやはりポテンシャルを把握してもらわないといけない。これは過去、活用されてこなかったのが今の住民の意識の低下につながっていると私は思っています。そして、ハザードマップをつくるときには、洪水予報河川だけではなくて、中小河川、内水氾濫の想定も入れた計算をやはりやりたいと思います。

 この辺の話は、実は先ほどのワーキングでいろいろ議論されて、報告書を見るともう書いてありますので、皆さん国交省のホームページを見て読んでください。防災力とかこの辺が先ほど延々と私が話した地域の防災の話です。

 ここまでのまとめをしますと、公助については伝達、判断、収集の迅速化。共助、自助というのは普段の知識、そしてみずからの情報収集、あるいは強制的に情報が届くということも大事ですけれども、そういったものの可能性。まちづくりの視点という意味では、ハザード認識の普及ということです。

 これも口頭で申し上げますけれども、最近あちこちで辻説法していますのは、洪水が起こったときには、先ほど申しましたように、なぜそこに皆さん住んでいるんですかという状況が多々発生します。この問題は、都市計画、市街化区域の設定が適切になされたのかということが問題ですし、この前の大垣の荒崎水害のときもそうです。つまり、堤防が締め切られてからであれば、市街化というのはプロセスとしてあり得たかもしれないけれども、堤防を締め切る前に市街化して、水につかって、それで何なんだと言っている。河川管理上は進捗の途中ですから責任が発生しなくて、でもその土地を売った側、本来は引き渡した人が責任を問われるべき問題に直結しているはずです。つまり、その場所は浸水のリスクがあるという重要な事実を知らせずに引き渡した場合、これがもし民間業者であれば、宅建業法に違反します。宅建業法の47条の1項だと思いますけれども、違反します。ところが、恐らくこれは時効になっているんじゃないかと私は思っているんですけれども、時効じゃなければ、彼らは訴訟をやり直すかもしれません。そうした法律があるにもかかわらず引き渡された。この1975年の時点でその法律があったどうか、私は確認しておりませんが、現在ではこれに引っかかるはずです。

 土地取引のときにそうした情報の提示を義務づける。皆さん土地・建物を買ったことがあるかどうかわかりませんけれども、現在は宅建主任者という資格を持った人が重要事項を説明しなければいけません。その説明をするときに、指定されている項目、これは35条という項目で指定されているんですけれども、こういうことは絶対に言わなければいけないということをまず説明します。そのほかにも、その買い手にとって重要な事柄であれば、それについては告知しなければいけない義務があります。この義務に違反しないように情報をつけて提示しなければいけないわけですから、例えばハザードマップがあれば、それを必ずつけて示すことという一文が宅建業法の35条に入っていれば、実はこれからは問題はかなり小さくなります。もちろん地主は大反対します。自分たちが危ない土地を売るときに、ハザードマップをつけて示さなければいけないわけですから、これは大変なことなんですけれども、そこまでやると、買い手が「ああ、ここは危ない土地だ」と思いながら買える。

 もう一方で、建物を建てるときに、盛土をして建物を高くしてから建てるというようなことで、土地が安いかわりに建物の価格は高くなるということで、コストを補うといった形の対応がとれるようになるのではないかと、これは私、最近辻説法をしております。

 本当は保険料率にも適用したいところです。保険料率でハザードの高いところの料率に差別化をつけて、その建物を維持するためのコストが高くなるような、資産を保有するためのコストが高くなるように、リスクの高いところではお金がかかるんだということが合理的に経済上行われるような仕組みが要ります。これらの話はすべて制度の枠組みの話ですので、一体これは誰がアクションを起こさなければいけないかというところに、私の最近の疑問と課題があるということを申し上げます。

 そのほかにも幾つかお話ししようと思った事柄があるんですけれども、いったんここで私の話を切り上げようかと思います。例えばお配りした資料の2ページとか、あるいは4ページから5ページにかけてのところ、2ページのところは大平町というところで起こった水害の話です。3ページのところは資産リスクの話をしております。こういったところの話も少ししようかと思ったんですが、ここまでで質問等がございましたら受け付けて、余りないようであればお話ししようかと思いますけれども、いかがでしょうか。

 では、ここまでで私のまとまった話は一応終わりですけれども、そのほかはおまけということで、少々お話をさせていただきたいと思います。

 岡崎市大平町の水害というのを扱います。これも同じときの豪雨です。ここでの災害は、もちろん同じ雨ですのでとんでもない雨が降って、美合に近い場所ですが、ここでは低平地の農地が市街地化されたところで起こっている水害です。これは、岡崎ICから出たところ、国道1号に出て左にぐるっと回るところです。これは内水氾濫が起こっているんですけれども、このあたりの話です。

 ここにトイザらスとかヤマダ電機とかが多分見えるはずですが、この地域が実は低平地です。これも29日に撮った写真です。高速がございまして、ICがあり、1号線がここにございます。1号線を出たところは実は低平地の際になりまして、こっちは一段高い台地です。この部分は昭和46年、47年の災害でも冠水していると思いますが、この地域は水につかっているんです。つまり、水害ポテンシャルの高い地域ですが、従来は水田だった場所です。市街化調整区域だった。ところが、このICがつながった後にこの地域が工業地域に指定されまして、さらに最近は大型商業施設の出店を一時期許す状況になりました。

 場所は乙川の際、乙川の曲がっている内岸側です。この低地で浸水の実績があります。ハザードマップでは大々的に「つかります」と真っ青です。水深5メートル以上。こんなところでどうするんですかというようなところです。そんなところにもかかわらず、大規模店舗の商業地を一時期集めました。ここは工業地域で指定されているんですけれども、特例的に大規模店舗の開発を誘導される形になっています。

  1948年、戦後の写真です。これが1961年、昭和36年、オリンピックの前年です。高速がここにどんと繋がります。まだ田んぼばっかりですが、いよいよこのあたりから市街化工業地域の誘致、そして現在は、99年の時点で大規模店舗の誘致が既になされております。

 このあたりがICの接続部、1号線がこの向こうを通っております。手前側が乙川と1号線にはさまれた低平地で、ここが水害で2メートルくらい浸水しました。テレビでもやっていましたが、ここの食品工場が閉鎖に追い込まれたというところです。それで、テレビで問題にしていましたのは、この排水路、比較的大きな排水路がこの地域を流れております。

 この排水路は、旧来は農業用排水路、用水路と排水路、上流のほうに乙川の堰がありまして、そこから取水して飲料用の上水路と農業用排水路に分岐してこの地域を流れていました。流れていたんですが、都市化するということで、この農業用排水路というのはそもそも堰板を入れて、水を分けるような用排水路の管理スタイルで、農業の区画整理事業のときに、土地改良区がその地域の用排水施設を自分たちで管理するという状態でやってきたわけです。これが市街化する時点でどうなるのかというのがよくわからなくなるわけです。

 ここの乙川の出口のところに水門がありまして、この水門が誰にも管理されない状態が続いていた。門がさびさびで全然動かなくて取っぱらったんですけれども、そのときにごみが詰まって、何だこれはという話になったそうです。テレビではこれは何なんだと物すごく糾弾していたのですけれども、実際のところ、そこまで言う必要はなくて、内水氾濫で水位が上昇して、そのごみが水路に流れ込んでたくさん詰まって上流側に湛水するという状況が発生しているということで、この水路がどの程度ひどかったのかということを評価するだけの材料は実はありません。ただこの水路は、途中まで2メートル水路で、出口だけ1.5メートルということで狭くなっていて、ごみが引っかかりやすい構造で、一体何なのかという話があるということと、水路のゲートを地域の人が回そうと思っても回らなくて、管理されていないという実態が明らかになったということが問題です。

 このことについて、私は岡崎市を糾弾するつもりは全然ありません。問題は、この管理体制は一体法の上でどう移行していくのかということが明確になっていないのではないかというのが、私が指摘したいことです。つまり、ある段階まではほぼパーフェクトに農地があって、その土地の地主たち、農業をやって耕作している人たちが用排水路を管理していました。ところが、市街化するということで、パーフェクトに全部市街化して、市が排水路として管理するようになればいいんですけれども、斑な状態が途中で存在すると、僕らが管理するのだと思っているのか思っていないのかわからない用排水施設というのが存在した状態で、市のほうはまだあそこは農業系の管轄だと思っているわけです。ところが、ここに入ってきている事業者たちは、当然都市の排水施設だと思っていますから、市が管理してくれるに決まっていると思っているわけです。そういう皆が違う思惑を持ったまま管理がどうなっているかわからなくなる。しかも、農業をやっている人がどんどん少なくなったときに、「僕はこんなの管理していないよ」というときがあるとき発生します。それが実際ここだったと思うんですけれども、これは全国どこでも起こる話です。

 つまり、開発が行われるときにパーフェクトに移管すればいいのですけれども、パーフェクトに移管しないところが特にこの濃尾平野ではいっぱいありそうです。こういう問題は地域では目立ってこないんですけれども、とんでもない雨が降ったときに水門管理がなされていないという穴がいっぱい見えてきます。それは、先ほどの国交省のほうで検討されているワーキングのところでも確か出ていたと思いますけれども、そういう問題は一般的にあるので、住んでいる側としても注意しなければいけないし、管理している側も注意しなければいけない。しかも、管理はまたがっているという問題がございます。ここの場所はいろいろな問題がありまして、開発業者がもともとあった排水口をふさいじゃったとか、とんでもない問題がいっぱいありました。

 先ほど都市の話をいたしましたけれども、これは豊田市の市街地南部の端にあたるところです。もともと田んぼばっかりだったんですけれども、内水氾濫のリスクが高いところに家が建ち始めています。これは私、どういう市街化の関係になっているかわかっていないので明確なことは申し上げられませんが、ただ言えるのは、この道路の手前のところに安永川という川がある。堤防はなくて掘り込みなんですけれども、その掘り込み用水路からその同じ高さでここに来て、このままで全然盛っていなくて、家がどんとそのまま建っています。しかも、内水氾濫がしやすいところで、一体どうしてこういう状況ができちゃうのか。そういうことに目を向けているのは一体誰なのか、誰が見ているのかということにちょっと警告をしたいと思います。そもそもは都市計画上の問題だと思いますし、建築確認の問題だと思いますし、それに絡んで、浸水リスク、被災リスクというのを一体どうやって情報として組み込むのかという課題に行き着くというのが、この話の結論です。こういったところがあります。

 それで、豊田市がやられていますが、いろいろな確率雨量で浸水深を出そうと。例えばハザードマップで示している150年の確率で豊田市に氾濫したときに、市街地は全部完全水没です。3メートル以上水没します。といっても、150年に一度と言われたら、皆そのときは「しようがないね」と思っちゃう。ところが、100年に一度、30年に一度と言われると、「頻繁につかるじゃないか、ちょっとこれはいかんね」という話になりますので、そういった情報のほうが実はハザードマップとしては有効なのではないかという話が一つあります。

 もう一つは、まちづくりの関係です。こういったところからまちづくりを撤退させるようなベースの絵をつくっておこうと。こういう絵だと全然だめですね、別にあってもなくても同じ。でも、こっちだったら「ここはちょっと避けようか」という話になりますので、そうした絵を用意しておく必要がある。もっと言えば、ここに資産が張りついたらここでは被害がたくさん出るという絵がさらに見えるといい。こういったことは、役所の側からは見えます。

 もう一方、先日私、不動産鑑定士協会のほうでお話をさせてもらったときに話をしているんですけれども、住民の側からすると、あるいは事業所側からすると、さっきのような絵を見せてもらっても、面的に見せられてもしようがないですね。そうじゃなくて、その場所に自分の資産を、例えば標準となるような建物をある高さでぽんと置いたときに、どれくらいの期待されるコストがあるのかということを考えます。そのときに、10年に一度の水位がこのくらい低い、だから被害額がすごく少ない。150年に一度の水位がきたら、確率は少ないけれども金額はでかい。こういった期待値を掛け算してやると、1年当たり幾らとか、30年当たり幾らというようなコストが計算できます。彼らは収益還元法という方法で資産価値の評価に組み込むことはできるはずなんです。今やっていませんが、こういうベースの情報、先ほどのような浸水の水深とか、本当は水位のほうがいいんですけれども、情報をGISベースで皆が入手できる情報として提供できるようになると、例えば建物の高さはどの高さまでにしてこれを乗せれば、このコストは最適に最小化できるか、トータルのコストが最小化できるかということが、事業所レベル、個人レベルでできるようになるはずです。こういったところに少し考えるチャンスがあるんじゃないかと私としては思っています。これはアイデアです。

 こうしたようなリスク、我々は今公共事業としてのリスクを考えていますけれども、プライベートな資産に対する情報提供ということでどんどんやっていくと、トータルとしてのまちづくりがうまく回るんじゃないだろうかということを辻説法しているところでございます。

 そうした農地と都市化の問題、そして都市構造、都市コンパクト化をするときの資産リスクの提示、そして不動産評価に水害リスクをいかに取り込むか、取り込むことによってまちづくりと資産リスクの最小化を図れるかということをお話ししました。

 以上で今日のお話を終わりたいと思います。

 ありがとうございました。

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