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第8回 河川情報センター講演会 講演記録
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第8回 河川情報センター講演会 講演記録

 最近の災害における防災情報のあり方

○開催日時 平成21年3月2日(月) 13:00〜14:30
○開催場所 アルファあなぶきホール 小ホール5階 玉藻B会議室
○講  師 片田 敏孝 氏
 群馬大学大学院災害社会工学研究室 教授
○講演内容
 みなさんこんにちは。ただ今ご紹介いただきました群馬大学の片田でございます。

 今ご紹介いただきましたが、私の専門分野は災害社会工学となっておりますけども、要は災害情報論、災害時の情報伝達、そしてそれに対する住民の避難というような、どちらかというと防災の中でも住民側をどうしていくのかという問題をやっております。今日は河川情報センターの講演会ということですので、主に豪雨災害、土砂災害ということが中心になろうかと思いますが、最初にお断りしておかなければならないのは、僕は河川が専門ではございません。ここ最近四国によく来ているのですが、徳島県の牟岐町で津波防災の取り組みをやったり、高知でも。内陸の方では土砂災害の講演会にも来ておりまして、よく来るようになりました。洪水であったり土砂であったり、あらゆる災害を対象にしているわけですが、平たく言えば避難を専門としておりますので、専門は逃げることです。最近の社会情勢にかんがみて、非常に大事かと思っております。今日は、「最近の災害における防災情報のあり方」という題をいただいておりますので、その界隈の話しをしようと思っております。

 防災情報のあり方というタイトルですと、情報をどう出すかというテクニカルな話にいくかと皆さん思うかもしれませんが、僕は災害情報をどう捕らえているかというと、必ず情報には発信者がいて、受信者がいる。その間に思いが伝わり、相手が何らかの行動を取って初めて情報として価値が出てくる。こう考えてくると、発信者と受信者の完全なるコミュニケーションの問題であると、こう考えています。この間にもちろん、コミュニケーションの問題であるがゆえに、こちらの意図したことが先方に伝わるのかどうかということ。伝わるという意味合いも、単に分ったというだけではなくて、本当に行動に結びつくという、この観点を持っていないと、防災情報は出したぞと、出す側の責任は果たしたといって終わってしまう。今四国が置かれた状況を考えてみますと、東南海の津波もそうですし、雨の厳しいところでもあるということ。土砂災害に関しても地形状況を考えてみると、非常に厳しいところであると。そういう観点に立つならば、伝わっただけでは、事はすまないと思っております。実際に住民が情報を得て行動に移す。ここまでのプロセスをどう考えるかということが重要だという観点を持っておりまして、今日はそういった観点をベースに置きながら話しをしていきたいと思っております。

 いきなりですが、この2つの言葉を意識して今日の話しを聞いていただきたい。一つは「メッセージとメタメッセージ」と書いています。いったいこれはなんだろう。メッセージは分るけど、メタメッセージとはどういう意味だということなんですが、お話をいたします。もう一つは「自助が大事」と我々も皆さんも同じですが、発信者側はこの自助を求めていかないといけないという状況が、非常に強くなっているわけなんですが、その中でも自助だけではだめで、僕は内発的自助が重要だと思っております。この2つのキーワードをベースに置きながら話しを進めていきたいと思っております。

 まず、メッセージとメタメッセージという話です。メタメッセージとは何だという話ですが、要は、間接的とか裏側で同時に伝わっていくメッセージと、そう理解していただければいいんですが、ここで情報の送り手側と受け手側のコミュニケーションの過程で生じる意図せぬ効果としてこのキーワードをあげております。災害情報ですから、我々は逃げてもらいたいというときには、避難勧告が出た、逃げて下さいというわけですね。ハザードマップなどでここは危険ですよと伝えている。これもメッセージ。でもこれが意図せぬ効果を持っている、ということに僕は注目しています。

 ちょっと概略を話します。まず避難勧告。避難勧告が出たら逃げて下さいというのはメインのメッセージ。表のメッセージです。でもこればっかりいっている過程で、何が起こってくるかということです。避難勧告が出たら逃げて下さい、これを聞いていると、住民はもちろん避難勧告が出たら逃げるんだなということは分りますけども、同時に意図せず伝えていることは、避難勧告が出なきゃ逃げなくていいんだと。こういうメタメッセージがいってしまうんです。もちろんこんなことは言ってません。でも住民はこういう理解をしている。同時にこの2つのメッセージを受け取ったときに、片方は送ったつもりはないんですが、同時に受け取ったときに、どっちが卓越しているかといいますと、人間というのはいやな情報は軽んじていくと。いい情報は過大評価していくと。こういう理解の非対称性を持っています。

 例えば交通事故で年間5000人死んでいる。この中で自分は交通事故で死ぬと思っている方いらっしゃいますか?、と聞いても、誰一人手をあげないんです。ところが年末ジャンボ宝くじ、1等3億円5000人に当たりますというと、妙にあたる気がしますよね。そんな宝くじあるわけないと思うくらい、あたりそうな気がする。このように非対称性が出てくる。そうすると、メッセージの中の危険だったら逃げろという情報よりも、出なかったら逃げなくていいと、こっちの方がはるかに彼らの心の中に定着していく。同時に送ったメッセージとメタメッセージの間に、メタメッセージ卓越の法則のようなものが成り立ってしまって、どんどんそれが蓄積される過程の中で、情報待ち、行政依存というのが出来上がっていく。こういうことです。ハザードマップも一緒なんですね。送ってるメッセージはもちろん、浸水の危険性があるのはここですと示しているわけです。至極当然、色を塗られない部分が出てきますから、この人たちにはこれ以外のところは危険ではないという情報を意図せず送っているわけなんですね。そうなると、洪水安全地図に早変わりと。これもメタメッセージなんですね。そのほか、皆さん自助が大事ですと、災害の時には自ら備える、地域で備えることが重要なんだと一生懸命に言っていくわけなんです。そうすると、あのように行政が防災を指導してくれる、災害情報は行政が出すものであり、防災は行政がやるものだと。こういうように、言えば言うほど、意識というか災害過保護の状態というか、うるさい教育ママの状態になってしまう。その間に主体性を欠いていくと。こういうプロセスをたどっていく。結局これによって防災情報も、我々も住民のためにこういうときは逃げてほしいと、逃げなきゃいけないんだというこういう意識の元で送っているメッセージも、いつしか、メタメッセージ卓越の法則で過保護の状態を作っていくという、こういうプロセスがあるという。これがメタメッセージの話です。

 もう一つは、内発的自助意識です。我々が防災をやるときに、自ら対応しようとしない住民、自ら備えたくない住民に、どうやってさせようかと頭を悩ませるわけです。これは適切かどうか分らないんですけど、水を飲ませたくない馬にどうやって水を飲ませるかという議論ではないんだと。どう水を飲みたいと、自ら水を飲みたいと思う馬を作るかということがポイントであって、要は避難勧告に従順に従う住民を作るのではないと。自ら逃げるから情報をくれという住民をどうつくるかと、こういう議論に持っていかないと、防災の根本はよくならないのではないかと。こういう基本的な思想を持っております。その流れに沿った話になるはずなのですが、順番に話しを進めていきたいと思います。今日のポイントはこの2点になります。

 実際の話に入っていこうと思うんですが、近年非常に自然災害が多発しているというこの感覚をお持ちですし、皆さんもちろん防災に当たられる方が非常に多いわけですので、地震も多いな、洪水も多いなという感覚をお持ちであるということは間違いないと思います。ご当地四国ということを見てみますと、昨年は6月の末あたりから高知から徳島にかけての地域で相当な雨が降りました。100mm近い雨が降りました。災害で高松の話しをするならば、例の16号災害の高潮災害がありました。ちょうど僕の研究室に高松高専にいた及川君というのがいて、彼がやった調査の関係でいくつか資料ももらって話そうと思ったのですが、全体として時間が足りないものですから、軽くお話をしますけれど、これも思いもよらぬというところだったのだと思います。これも含めて、ここのところ四国でも災害が多くなっているという状況が皆さんの実感としてあるのだろうと思います。昨年は、幸いにも台風は一つも上陸しなかったんですけども、やはり多くの洪水災害というのがあちこちで起こっている。

 特に印象深いものを2つ取り上げて、最近の災害情報を巡る行政と住民の関係の部分のお話をしようと思うのですが、一つは、都賀川の事件だったのだろうと思います。これは国土交通省の中でも、さっそく中小河川における水難事故の防止委員会ですとか、そういったものが出来上がったのですが、はっきりいってどう対処したものかと、僕も検討会の委員だったのですが、議論の難しいところでした。といいますのも、この川は延長わずか1790mしかなかったんです。これはこの周辺にある小川みたいなものです。こんなところに10分間のうちに21mmですから、時間雨量に換算するならば、120mmを超えるような雨が降っているわけです。ごく狭い領域の中にざっと降って、あっという間に川に流れ込んで、10分間に河川の水位上昇が1m34cmというんですけれど、この状況は水位が上昇したなんて話じゃないですよね。鉄砲水が来たとそういう話です。そういう状態の中で、実はこのとき5人の子どもたちが亡くなっているのですが、60人流されています。残り55人は何とか這い上がったということなんですが、要は都市の中の河川で、そこが親水公園のようになっていて、積極的に人が入り込んでいる。わずかこんな短い川ですので、上流の水位の情報を下流に伝えて何とかするという河川情報、災害情報の話ではないんですね。ましてや雨についてもそうなんですが、気象予測の限界を越えるような極々狭小の領域にざっと降って、雨の情報でコントロールすることもできないと。こういうことでさあどうするという問題になっているんです。

 皆さんも十分にご覧になっているだろうこの動画を見てみますと、これは2分間隔で動いておりますが、橋の陰が写っているように晴れているんですね。2分間隔で動いているのですが、これが一瞬ばっと曇って、次の画像では鉄砲水が来ていると、こういう状況になっているんです。ごらんのように、こういう親水性の高いところになっていまして、ここで子どもたちが遊び、水への接近というのが非常にいいところなわけです。多いときにはここに10人近くの人が入っているような状況です。しかし、ここに降り始めてからわずか2、3コマの間で鉄砲水がくる。2分間隔のピッチで流れていますから、わずか4分、6分という世界の中でこんなことが起こってしまってるわけです。で、あっという間に水は元に戻っていくという、当然1790mしかない小さな川ですから、こんなことになっていくわけです。

 で、これをどうするんだということで議論したわけですが、はっきり言って議論はこうだという解決策を明示するまでには至っていないというのが正直なところです。僕は1委員ですので、そういう見解を示すのは問題かもしれませんが、一応ワーキンググループとしては結果を出しておりますけれども、議論の途中では皆頭を抱えてというのが正直なところです。一つ、こういう問題をどう考えるかということなんですが、元々都市というのは氾濫原にできているわけなんです。何もないナチュラルな現象状態を考えてみるならば、川があって勝手に氾濫して、そこに沖積層を作って、そこに人が家を作って住み始める。だけど放っておいたのでは、しょっちゅう水に浸かるからということで、そこに堤防を作るわけです。堤防からこっちが川、あっちが都市もしくは社会と勝手に定義しているわけです。堤防によって。

 で、この空間なんですが、堤防を境に川が自然で堤防の内側、都市側は社会であり都市、ここで二分しているんです。同時に川は自然だから時に危険で、都市の方は安全を確保した。本当にそう分け切れるのかと。結論から言うと分けられない。いうなればここの現場を見ていただければ分るように、回りは都市化されていて、都市の中に残った唯一の自然の空間で、都市が拡大して自然がなくなるから、どうしてもここは自然の空間として重要で、積極的にこの中に人を誘導するような、親水性の高い場所を整備する。それはほとんどの時間というのは、この前のような事件以外は、大変重要な都市空間であって、そこに人を入れることに対して異を唱えるべきではないと思います。せっかくある川ですから、市民に愛される川であるべきだし、都賀川も愛護会ができて、阪神大震災の前から、ここは昔、汚い川だったのが皆できれいにし、きれいな水になり、鮎を放ち、ということをやって、住民の自発的な活動にのって行政当局もこのような親水公園にして、市民の憩いの場に持っていった。それそのものは何も悪いことじゃないんです。

 ところがよくよく考えてみれば、ここの堤防を境に自然と社会、危険と安全というような分けをやり切れてないわけです。当然ですけれども。時にこの川はあふれることがある。それをもって水害といっている。この中は自然の空間ですので、時にあんな事件もあり得る。こういう状態の中で、ここは自然の空間であり、堤防によって封じ込めたつもりであってもこの中に立ち入るんであれば、それだけの心構えを求めていかざるを得ない。完全に安全と言い切ってしまう問題点が指摘されたわけです。いろんな検討はしたんですが結局は、要は自然の空間の中に積極的に人を誘導するような親水性を高めることによって誘導してきたわけだから、そういう場所については、すぐにこの場所から退去できるような施設を併設していくことが大切だということ。これは間違いなかろうと、積極的に誘導しているわけですから。

 もう一つはここは危険だという看板を立てるという議論が出たんですが、僕は反対しました。メタメッセージが生じるからです。ここは危険だということは、立っていないところは安全だといっているという問題が生じる。それに対してどういう方法がいいのかということは、事実情報を提示していこうじゃないかと。つまり、ここは駆け上がり階段がどこにありますよとか、ここに入ったときには逃げる場所はどこかをちゃんと認識して入ることと。逃げる経路はどこにあるかということを示すような事実情報を提示していくことを結論として作ったように思います。いずれにしてもこういう問題一つ見ても、難しい時代になってきたなというのは感じるわけです。

 それからもう一つは、8月末の全国に水害が起こった話です。このときは気圧の配置からいって日本全体に太平洋の湿った空気が、とにかく入ることは分っていて、どこそこで水害らしきものが起こるであろうという危機意識は気象庁も思っていた。ところがどこかという場所の特定ができない。ほとんどロシアンルーレットの状態なんです。どこかで起こるだろうということは当然分かっているのだろうけれど、ここだということがいえない。そんな中で愛知県の岡崎市では、時間雨量146.5mmというべらぼうな雨が降っています。この雨をどう考えるか。行政の対応としてどうあるべきかと、ずいぶん考えさせられるものがあったと思います。

 まず河川情報センターの講演会でこういったものを出すと専門外なんですが、解説は情報センターのほうでやってもらったほうがいいと思うのですが、23時、夜中の12時、1時、2時、3時、4時、5時、6時と1時間間隔で雨域を示したものなんですけれども、通常雨域というのは移動していくわけなんですが、こういう水害が起こるときというのは、愛知県の岡崎市はいつも赤いところに位置していて、逆に言うならば強い雨域がなぜか固定されるときにそこで水害が起こるという、こういうことなんですけれども、これがどこになるのかというのが本当にちょっとした気圧の配置の問題だとか、地形の要因だとか、偶発的な要因で降雨の場所が決まってくるという。本当に難しい状態ですね。新潟豪雨もそうだったと思いますし、東海豪雨もそうだったと思いますが、こういう状況なわけですから、気象庁の方も大変苦労されているということなんだろうと思います。


 僕が問題視するのは雨そのものではなくて、行政の対応の問題です。このときは夜中の2時でした。時間雨量146mm。夜中の2時に雷鳴がとどまることなく、ずっと雷がなり続けているような状態で、146mmの雨です。住民は本当におびえました。出ることも怖い。ここは丘陵地帯でなおかつ起伏に富んでいて、局所的にはあっという間に内水は起こるし、道路はほとんど川のようになっているし、そこを歩くことすら危険という状態です。ここに対し、愛知県の岡崎市は全市民37万6000人に対して避難勧告を発令しました。本当に岡崎市は37万6000人に避難して欲しかったのだろうか。本当にあのタイミングであの機会に逃げたとして、本当に市民は安全だったのだろうか。仮に逃げたとして市は対応できたのだろうかと考えることがいっぱいあります。だけどその上でさらに言うならば、じゃあ岡崎市が避難勧告を出さなければ、市民はどういう反応をしたのだろうか。マスコミはどういう反応をしたんだろうか。この事態に及んで、避難勧告すら出していないとこう批判されるに間違いないと。こんな状態の中で、今避難勧告というのはどういう位置づけなんだろうかと。本当に逃げてもらいたかったのだろうかと。改めて僕は避難行政を見直す機会にきているなと思います。

 例えば、豪雨災害のときは特にそうです。積極的に避難しないという選択肢もあり得るわけです。特にマンションの高層階にいる場合、浸かった水の中をあえて移動して避難所まで来いというのかと。それは家の中にいたほうが安全だと。では、そういうことが起こると本当に避難が必要な人と、例えば低いところにあって平屋建ての場合は逃げなければいけないわけですけれど、避難勧告は、マンションの4階に住んでいる人にも同じように出ている。避難勧告というのは所詮そういうものだと考えた時点で、避難勧告に従わなければならないという動機づけは完全に希薄になっています。特に正常化の偏見といいまして、自分は災害に合わないだろうと思う傾向が非常に強く働きますから、避難勧告が全市民に対して一斉に出る形の場合、自分は逃げなきゃいけないんだろうけど、マンションの4階の人にも出ているくらいだから、避難勧告とはそういうもんだろうというような中で、一体避難勧告で行政当局はどういう行動を取ってもらうのがベターなんだろうと、どう考えているんだろうということに対して、きわめて曖昧になってきていると思います。その一方で、発令しなければしないで大変なことになるという状況で、今、特に豪雨災害を中心とした対応について、どう考えるべきかということが、改めて考える時期になっているんじゃないのかなと思います。

 行政がどうしても避難勧告を出さないといけないのは、至極当然です。災害対策基本法、3条、4条、5条には、国、都道府県、市町村というようにそれぞれの役割が書かれているんですけど、3条を見ると理念としてはいいのですが、本当にこれでいいのかなという文章になっています。「国は、国土及び国民の生命、身体、財産を災害から保護する使命を有することにかんがみて」あることが前提条件になっていますね。もちろんそうです。国は国民の命や財産を守るということに対して、フィロソフィーとしてはこの通りだと思います。でも、「使命を有することをかんがみて」と前提条件にされて、「組織及び機能のすべてをあげて防災に関し万全の措置を講ずる責務を有する」と。こう書かれた以上、そりゃ避難勧告を出します。危ないと思った以上出さざるを得ないわけですけれども、出してることそのものに異を唱えているのではなくて、その後の対応というのが極めて曖昧な、どうすればいいのか分らないような状態の中で、とにかく出すことだけが先行してしまってる仕組みの中で、避難勧告などが、非常に形骸化してしまっている。そんな感じを持っています。これは国を中心に話をしましたが、同じようなことが都道府県、市町村にも書かれているということですから、行政サイドもなにはともあれ、それをやらなければならない責務を与えていると。そんな中でやらなければ、不作為として批判を受けるわけですから、今の形が出来上がるのが自然の形なんですが、今は避難を巡る問題というのが、改めて我々が考えないといけない状況になっているんじゃないかなと思います。

 そんな中で四国ですけれども、雨が厳しい状況ということに加えて、四国についてはさらに自然条件が厳しいということも勘案しておかなければならないと思います。とにかく山がちです。讃岐平野のあたりは平らなところがあるわけですけれども、基本的に非常に急しゅんな山というものが多くて、可住地が少ないと。さらにもろい。構造線が四国を横断していまして、非常に地盤条件が悪いということもあって、土砂災害の危険もある。それから雨は瀬戸内側はともかく、太平洋に面したあたりは非常に雨が多く、高松あたりの瀬戸内側では1100mmくらいの雨に対して、高知のあたりでは3500mmという日本でも有数の多雨地帯になっているわけです。雨も多い。台風銀座といいますか、平成16年の台風の経路を見たものですが、どれもこれも日本に近付くときには、すべてに近いくらい四国は影響を受けると、こういう構造にあるわけで、どうやっても条件は厳しい。加えて近年の雨の厳しい状況ということになるものですから、さらに条件は厳しいわけなんですね。こういった状況が、これは国土交通省の資料ですが、明らかに地球温暖化の影響で今後は相当厳しい状況になっていくという。これまでとは全然条件が違うということに関して、我々は強く意識しないといけないということです。皆さんご存知の資料なので簡単に言うならば、50mmの雨も100mmの雨も、昭和53年から平成19年まで毎年見ても、平均的には明確に伸びてきている。これがさらに台風を見ても、これは近年の典型的な台風の動きですが、割と日本に近い近海で発生するようになったということ。加えて台風が勢力を保ったまま北海道までいってしまうという傾向が近年非常に強まっています。

 これは原因を見てみると、海水温の影響なんですが、千葉の房総沖から海に出ているのが海水温が25℃、台湾から海に出ているのが30℃の海水温です。台風は26〜27℃で発生するといわれています。そうしますと赤道あたりで発生するのが多かったわけですが、台湾に向かって東に移動し、緯度が高くなると偏西風の影響で西にカーブし始める。曲がり始めるあたりではぼちぼち海水温が低くなりはじめて、通常はやせ細って日本に近付くと。こういうことだったわけですが、今はどちらかというと栄養供給を受けながら、成長しながら来るんじゃないかというくらい海水温が暖かいわけですね。これをもってこれから台風の影響が強まるだろうといえるわけですし、地球温暖化の傾向というのは、ちょっと見始めると大丈夫かなと思うくらい深刻な状況が示されています。

 これはIPCCの三次報告ですけれども、西暦1000年から2000年までの北半球の気温の変化を見たんですが、ほぼ横ばい、多少の上下はあるんですが、横ばいで来るわけです。1900年あたりから急に上がり始める。で、足踏みしてまた上がる。上がり始めたころはいつかというと、1900年頃で、ちょうど石炭を使い始めた頃に大体対応している。石炭はエネルギーとしては効率が悪いものですから、生産で使うといっても限度があるわけで、ここで一度温度上昇が足踏みをするわけですけれど、1960年あたりからまた上がり始める。これは原油をたくさん使い始めた頃に対応している。石炭を使う、油を使うということで、必ずしもCO2だけではないのですが、いわゆる温暖化ガスというのがたくさん放出されるようになったなかで、ここまで温度が上がってしまった。これだけ上がって、確かに我々も生活実感として温暖化を感じていますよね。冬暖かくて夏に暑いという感覚なんですけれども、この感覚とグラフが対応しているといっていいんですが、では何度上がったかということなんです。温度を見てみると、マイナス0.5からプラス0.5までですから約1℃しか上っていない。

 今ちょうど世界は経済でバタバタしていて、温暖化の話はトーンダウンしておりますけれども、ちょっと前の洞爺湖サミットなんかほとんど温暖化に対するサミットでしたよね。あの頃大騒ぎしていたのは、いわゆる無策のままでいったら1℃は上ってこんなに異常を感じる我々が、21世紀末に4℃上昇する時代を迎えるだろうと。1℃上ってこの状態なのが、4℃上ると。えらいことだなあということなんですね。いろんな対策が功を奏したとしても、2℃くらい上るといわれている。いろんな対策が功を奏しても、地球全体の機構ですから、大型船の舵を切るようなもので、今いろんな対策をやっていっても、効果が現われるのはもう少し後ということで、21世紀末には2℃くらいの上昇は免れないだろうと。

 高潮が怖いですよね。へたすれば海面上昇が平均59cmということも言われているわけで、そうでなくても高潮にビリビリするこの町としては、やはりただならぬことなんだろうと思います。これから見ても分るように、これから条件が変ってくるということに対する自覚を、改めて我々も気を引き締めないとまずいなと思います。今これだけテレビを見ていても、毎日のように地球温暖化とか、エコなんとかだとか流れていますので、市民の感覚の中でもずいぶん刷り込みというのが入っているんだろうとは思うんですけど、この深刻さをみると、きちんとやっていかないといけないなと思うんです。熱帯低気圧の強度が強まると不気味なことも言われています。これはニューオリンズだとかハリケーンが、去年はアイクだとか2回くらい。フロリダの方では避難勧告が出ていますけど、ハリケーンは大変強いものが出ている。それから昨年5月でしたか、インド洋のサイクロン、サイクロンナルギス。これが高潮被害で、同じくミャンマーで13万8000人とも言われる方が亡くなっているという状況で、この傾向も強まると。

 これは地球シミュレーターの結果ですが、1年間に熱帯低気圧、サイクロン、ハリケーン合わせて36個くらい発生しているということですが、そのうち風速45mを超えるような超大型のものといわれるものが3つくらいだったものが、台風の数こそ減れども21世紀末には倍増するといわれています。地球温暖化の影響というのは、気候が全体に暖まって雨が多くなるという現象ではなくて、荒々しくなるということ。例えば日本あたりでこれだけ雨が多いという感覚を持っていますが、オーストラリアは大干ばつです。今は山火事が大変なことになっていますけれど、このように荒々しいということからすると、これも納得できます。台風の数は減るけれども大きいものが増えてくる。すでにハリケーンが大型化し、サイクロンも大きなものが出てきている。

 幸いにも台風はそんなに大きなものには遭遇してないんですが、今、国土交通省中部地方整備局で委員をやっているんですけどれも、スーパー伊勢湾台風高潮協議会というのをやっております。これは、910hPaで上陸した観測史上最大の台風である室戸台風、これが史上最悪のルートである伊勢湾台風のルートに乗ってくるというシナリオで検討しています。なんと中京圏、名古屋圏で避難させなければいけない人が、試算によると240万人出てきます。これをどうするかということで、関係する50機関くらい、県と主要な市町村、自衛隊、警察、赤十字、病院関係、インフラ関係、交通関係全部出てきて、50機関くらいで検討会をやっているんですけれども、はっきり言うなら今までの対応のシナリオではどうにもなりません。といいますのは、避難勧告を出しますのは、首長権限ですから対応は市町村でやるということですが、240万人広域に避難させないといけない。それも域外の遠いところに避難させないといけないということになると、誰がこれをオペレートするのか、全体の意思決定をするのか、どうも参加している機関は50機関くらいあるんですけれども、誰も彼も当事者感がなくて自分のところがやるとはとても思えないわけです。自分のところで避難勧告を出しても、自分の町は全部ゼロメートル地帯だから逃がすところもなければ、そんなところでどこに避難させるんだと。どうやっても遠いところということになるんですけれども、内陸の方は当然あちこちがバッティングしますよね。じゃあどうするんだと。誰が緊急事態に対してトリガーを引いて全体をオペレートするんだと。突然当事者感が遠のいてしまって、話はその段階で足踏みしている状態です。

 言うなれば、最近自助、自助というようになったのは、行政が主体となった防災で公助でやっていた。この公助限界が来たから自助を求めるようになったということなんですよね。ところがそのような事態において、自助を求めるにも限界があります。こうなると公助も限界、自助も限界となってくると何をしないといけないかというと、公助限界をあげざるを得ないわけです。公助限界をあげるとは何かとなると、これは従来の対応とは全然違う対応ということになって、恐らくアメリカのハリケーンの対応なんかを見てみると、高速道路は一方向に、全部外に出して無料化し、とにかく排除していくということですね。こういう対応になってくると、当然市町村長の話だけではどうにもならなくなるから、新しい枠組みが必要になってくる。こういうことも考えないといけないという大変な事態を我々はこれから迎えようとしている。もしくは時間を考えると、近い将来もはや確定的にそういった状況が起こるんじゃないか、そういうことを考えると、ぼちぼちそういった検討に入っていかないとまずいなと、ひしひしと感じております。当然、そういうことになるとこれまでの治水が効かなくなってきます。治水が十分できていないにも関らず、それすら機能しなくなる。例えば国土交通省の予測ですと、100年後の降水量は現在の1割から3割増しと、最大で5割見込まれるといっているわけですが、100年確率の治水ももし1割増しの雨ならば、1/100が1/50とか1/60というオーダーに下がるだろうと。もし2割増しなら、これが1/20だとか1/40だということで、これまで確かに我々土木屋は治水をやったおかげで、昔から思うと水害はうんと少なくなってきていますけど、こういう水害というのは、これからは守られているという保障はなくなってきたということです。

 このような大変な事態というか、気候変動の影響を加えて四国の厳しさということを考えると、本当に対応を急がないといけないということなんですが、振り返って考えてみると、こういう傾向というのは都市型の水害と騒いでいた2000年前後あたりから兆候があったんじゃないかなと思います。福岡災害。博多駅の前ですが三笠川が氾濫して地下街に水が入っていく。ちょうどこの頃から携帯電話があるわけですから、「お母さん水が入ってきたの、ドアが開かないの」というように、死にゆくさまがそのまま実況中継されるような状態になってきたものですから、印象深く耳に残っています。それから東海豪雨もそうでしたけれども、この頃は割りと都市に集中してたものですから、都市型の水害ということで、わりと地方は関係ないといった意識はあったんですけれど、だんだん話が変ってきました。平成16年のあたりから地方にもこういう状況が広がり始めた。平成16年は高潮災害がそうですね。それから新潟豪雨がある、福井豪雨がある、兵庫の円山川がある。台風が10個上陸。それからこの年は中越地震もあったしインド洋津波もあるということで、清水寺の和尚さんはこの年の漢字を「災」と書きましたけど、あのひどい年です。あのころから中小河川の水害というのが非常に多く見られるようになりました。

 中小河川の水害というのは、さっきの都賀川ではないんですが、基本的に流域が小さいですから現象の進展が極めて早い。あっという間に降ってあっという間に氾濫し、あっという間に川が切れて、情報伝達、避難勧告を出せないまま住民は被害にあっていく。一体情報はなぜ出ないんだという議論ばかり出てきて、とても情報を出せる状況ではないにも関らず、情報の問題ばかりがクローズアップされていく。新潟豪雨を見ていてもそうですね。これはその現象を見てみると、刈谷田川、五十嵐川という2つの川が切れているわけですが、特に旧中之島町では、避難勧告を出して9分後に川が切れています。五十嵐川のほうは三条市、これも市街地側、ともに市街地側で切れているのですが、堤防が決壊して町中が床上1.5m浸かるというひどい状態になったんですけど、この新潟豪雨は雨の降り始めから、堤防が切れるまでの時間はわずか5時間です。5時間の中でのオペーレーションがどうなるかというと、シュミレーションしてみて下さい。上流に雨が降り始めます。降り始めたと同時に警戒モードに入るというのは通常ないわけですね。1時間くらい上流で降った、上流はすごいことになってるらしいぞという話が、1時間降った後に出てきますよね。もう1時間くらい降ると、ぼちぼち災害が出始めて、ちょっと大変なことになってるから、こっちも体制を整えないといけないなと言ってるんですけれど、まだ自分のところの水位は上ってない。水防に声をかけたり、まだ災害対策本部まではいかないですけれど、いろんな体制を整えてやり始めると、大体3時間くらいたっていて、その頃から川の水位は一挙に上り始める。どれくらいの勢いで上がるかということですが、1時間に2m以上という上り方をするんですね。警戒モードに入って、まだその頃は川の水位は大したことがないんですけれど、中小河川ですから、1時間に2mくらいだーっと上ってきて、あっという間に堤防が切れておしまいです。いつ避難勧告を出して、いつ住民に伝え、いつ逃げてもらうんだと、こういう話になるわけです。

 今の雨の状況なんですけども、例えば上流の雨を見てみますと、上流の栃尾を見てみますと、強い雨が降り始めて、5時間で川が切れている。三条の上流の笠掘ダムでも5時間で切れている。5時間で切れるというのは、これは情報を発する側の人だと思うんですけれど、みなさんにとって全うな時間はないということです。自分のところは降っていなくて、上流ではすごい降っているという状況の中で、その情報を見に行って川の水位が上り始めたころには対応する余裕がないというくらい、情報をしっかり住民に伝えるという余裕がないまま進んでしまうというのがこの5時間という、中小河川の水害の特徴になってくるわけです。

 もはやこういう状況が多くなってくるという状況を考えると、今住民側の対応を求めないといけないという話ではなくて、皆さんにできることにはどう考えても限度があるということ。初めから守りきるという思想は捨てていただかないといけないし、守りきれないんですからその事実を住民に伝え、住民にも自分の命を守るという原則をもう一度しっかり訴えていかないといけないというのが、今、最低限皆さんと住民との間のコミュニケーションに必要なことなんだという認識を持っています。災害対策基本法に国民の命を守る一義的な責任は行政にあると書かれているんですけども、住民もそれを盾に、防災は行政の仕事だろ!とこう思いがちなんですが、僕が最近住民によく言うことは、確かにそういう風に災害対策基本法に書いてあるし、これまでの経過をたどっても確かに行政が中心で進めてきたというのも事実だけど、今のままあなた方がそれを要求し続けても、この状況で守りきれないという事実がある以上、今のままではあなた方は役所のせいだといいながら災害の犠牲になるのだと。それではしょうがないじゃないかと。もちろん行政にもやることをしっかりやってもらうと同時に、それでは守りきれないという事実に対して、あなた方はどう備えるんだと。もう自衛だと。自分の命を自分で守るということを思っていかないと、どうにもならないぞということをしっかり話し込むようにしております。

 そんな中で住民に求めないといけない自助、共助という話なんですが、当の相手はさっきのメタメッセージのおかげ、ずいぶん行政依存の度合いを高めています。それはこれまでの経過の中で必然的にできたものだと思いますが、その界隈の現状についてみていただきたいと思います。平成16年ですが、台風が10個上陸しています。新潟豪雨で始まりました。その後福井豪雨もあったし、円山川で大変な状況、このときには四国も相当な被害があったわけですが、こういう状況の中で新潟豪雨、群馬のすぐ隣なものですから、現地にすぐ入って住民と話しをしました。さっきも話しましたが、旧中之島町は避難勧告が出て9分後に川が切れているんです。住民も怒ります。住民にすればそうだと思うんですね。避難勧告がちゃんと来ていない状況の中で、住民側もある程度の警戒モードは持っているものの、はたと気付くと水が来ているわけです。何で切れたんなら教えてくれないの!といいたくなる気持ちも至極当然です。そういう状況の中でほとんどの河川が日本海側の中小河川で起こっている災害なものですから、時間がなくて、どこもここも情報伝達がまともにできなかったという状況です。

 僕は三条市だとか、新潟豪雨の界隈を歩いていて、住民の行政批判には大変なものがありましたし、そのほとんどは情報に関するものだった。どうして情報をくれないのだと、行政防災無線もなければサイレンも鳴らしてくれなかったと、情報がないと動けないだろうと、三条市民ですね。旧中ノ島町民は9分しかないのですから、せめて2時間前に避難勧告をくれと。そうすれば車を何とかしたけど、うちは車を2台もだめにしたと。この町の大半の人が全部車をだめにしましたね。香川の高潮もそうだったと思いますけど、こういう状況になるわけです。で、三条市民は浸水が進むほどの状況になっても避難勧告がなくて、市の責任は重いと。みんな情報に対する不満、怒り爆発でした。

 これに対する行政の対応は早かったんですね。豪雨災害対策緊急アクションプランを取りまとめる会議が、国土交通省にもたれました。これは社会資本整備審議会の中にできたんですが、ここでの議論は全部情報に関する議論といって過言ではない。送り手から受け手情報への転換を通じた災害情報の提供の充実は、出せばいいというものではない。受け手の論理。つまり受け手がその情報をもらって避難行動に結びつけるだとか、実効性のある防災情報の出し方をしなさいと、こういう議論をしているんですね。これは災害時です。平時から情報を出そうと。つまりハザードマップについていっているのですが、リスクインフォメーションを平時から住民に伝えておこうということですね。それを受けて水防法の改正委員会で、ハザードマップの義務化が議論される。そして内閣府も特に洪水の犠牲者の3分の2くらいはお年寄りを中心とした避難困難者なんですね。ですから集中豪雨時等における情報伝達および高齢者等の避難支援に関する検討会の中で議論したのは、ほとんど情報に関することです。特に避難準備情報というのは、避難勧告、避難指示の前に避難困難者にはもう少し時間の余裕をとろうというようなことで避難準備という議論をしたんですね。このように国の対応はきわめて迅速であったというように、僕は思います。

 ところが、僕は問題提起をしました。この会議は「情報提供をさらに充実します。申し訳ありませんでした」とこういうことを言っているわけです。でもその一方で何が起こるかというと、災害情報は行政が出すものだ、防災は行政がやるものだということで、住民側の情報依存を高めるという議論を僕は最初に出しました。まず、先ほどの文章をもう一回読んでみます。「浸水が進んでも避難勧告がなく、避難できなかった市の責任は重い」。これに違和感のある人はいなかったと思います。読み方を変えてみると、「水が来た。でも逃げろといわれなかったので、逃げられなかった。市の責任は重い」。大事ですよね。「水が来た。でも逃げろといわれなかったので、逃げられなかった。市の責任は重い」。このまま読むと、「浸水が進んでも避難勧告がなく、避難できなかった市の責任は重い」と読めば、確かにこの状況下で避難勧告を出さなかった行政が悪いかなあと思いますよね。だけど、読み方をちょっと変えるだけで、「水が来た。でも逃げろといわれなかったので、逃げられなかった。市の責任は重い」とこう読んだ時点で、あれっと思います。つまりさっきこれを読んだときに、この段階で皆さんはあれっと誰も思わなかったとすれば、すでに皆さんは相当毒されている。

 つまり僕は現地を歩いていて、徐々に違和感を感じ始めました。現地に入ってみんな口をそろえて避難勧告が出なかったということに対して文句を言っていたんですね。確かに避難勧告を出す体制がきちんと整っていなかった、現に出ていなかったことに対して行政の対応を変えないといけないというのは言うまでもない。防災行政無線を付けるとか、どうやって避難勧告をいち早く出すかと検討するのは、これは行政の責務です。その一方で情報がなかったから逃げなかった、情報がなく逃げろといわれなかったから逃げなかったと言い放つ住民も住民だと思いますね。それには理由があります。

 現地を歩いていて非常に印象深く覚えていることがあります。三条です。床上町中が1.5m。家に入っていきますと、土壁が落ちてるんですよね、1.5mから下は。竹の骨組みが出ている。とある平屋の家で、60代前半くらいのご婦人が一人で住んでおられる家に入っていったときに、破堤しているものですから泥がすごいんですね、家の中は。なおかつ水害の後というのは、汚い話ですけど下水が入り込んで非常に臭いという状況の中で、惨めな思いをして泥をかき出していたわけですね。畳は外に出しています。床板は剥いでいます。剥いでいないところは床板が水を吸って膨れ上がるんですね。みんなそういうものを剥いで、ボランティアが相当の数入りまして、床下の泥をかき出して、石灰をまいてとこんな状態です。家を見せてもらったんですけど、涙ながらにこんなことになっちゃってとおっしゃっていました。「おばさんこんな状態なんですけど、逃げましたか?」と聞いたら、私は逃げないといけないと思ってリュックサックに大事なものを入れて玄関まで行って待っていた。川が切れそうだという話だったんで、これはまずいと思って隣が自主防災の会長の家だったんで、隣に何度も行って避難勧告出たかなと尋ねた。まだだよ、まだだよと。おかしいね、川が切れそうなのに…といいながら家へ戻った。そのうちに川が切れたと話を聞いた。慌てて隣に行って、川が切れたらしいけど避難勧告が出た?と聞くとまだ出ていない。おかしいねといいながら家へ帰った。そんなことをしてる間に、水がサーっと入ってくるわけですね。破堤による水位の上昇というのは非常に早くて、あっという間にどんどん上ってきて、僕もはじめて知ったんですけど、床下から床上に上るときというのは、床下がいっぱいになりますよね。それでも流れ込んでくるものですから、水圧が高まって畳の間から水が噴出すらしいんですよね。そんな状態になってその家は平屋建てなものですから、家で一番高いところというのが、台所のテーブルとあとは押入れの二段目。布団なんかは全部出して、家の大事なものを全部上げていたと。そこまでもあっという間に上ってきちゃって、今度は自分が台所のテーブルの上に上って、どんどん上ってくる、だんだん心細い、最後は胸まで浸かって、もう一息上ってきたら、私は最後に死んでたとおばさんは言うわけです。「そうなるまでついに逃げなかったの?」と聞いたら、ついここまで水が来るまで避難勧告がなかったんだよと。この辺から僕は?が付くわけです。「あなたは逃げろといわれなければ逃げないのか!」と思わず言いたくなるわけですね。

 僕はこの話しを先ほどの会議のときに、言ったんですね。今、我々の会議は情報をちゃんと出せなかったと、ちゃんと出しましょうという会議。それに僕は異論を唱えるつもりはないけど、これほどまでに情報依存になっている住民に対して、申し訳ありませんでした、これからちゃんと情報を出しますという言うことだけを言うということが何を意味するかというと、さらに依存度を高めるだけじゃないのかと。ということを問題提起したんですね。それに対してどう対応したかという話なんですけど、やはりそうは言っても出さなきゃいけないものは出さないといけないということで、河川情報を分りやすくだとか、いろんな動きが進んでいったんですが、やっぱり僕はキャッチボールの問題として捉えるならば、球を投げても相手が球を取ってくれないんですね。いい球を投げる、もっとしっかり投げるとこういう議論ばかりしている。だめだと。相手がグローブを構えていないんだからと。どれだけいい球を投げてもダメだと。受け手の論理、受ける側が受けるという姿勢、そしてその情報を自分の命をつなげるということに対する意識、意欲を持った人ではないと、情報だけ出すほうをよくしたってダメなんじゃないかとこの会議で申し上げたわけです。そんな中で僕は日本の防災の最大の問題はここにあると思うんです。ちょっと言葉はきついのですが、あまりにも過剰な防災依存、行政依存の状態ができあがってしまっている。今の新潟の例を見てもそうなんですが、自分の命を行政にゆだねてしまっている。そして逃げろといわれなければ逃げられないという状態。完全なる情報依存、行政依存というこの状態。これを何とかしないと今の防災はなんともならないんじゃないかということすら思えてくるんです。

 こういう状態がなぜ出来上がってしまったのかということなんですが、これについては行政にも一因がある。悪いとはいわない、必然的にそうなった状況があると理解しています。まず、僕は土木が専門ですが、土木屋はこれまで防災施設を作って、地域の防災を進めてきました。これをやったおかげで水害の頻度は低くなりました。我々は国民の福祉の向上ということに寄与してきました。現に水害は少なくなってきています。それはそれでよかったのですが、そこには想定外のことがあります。100年に1度なら100年に1度、その範囲の水害を全部取っ払ったおかげで、確かに水害は少なくなりました。でも同時に取っ払ったものもあります。昔は小さな水害を経験していく中で、地域の災いの知恵を持たざるを得なかったし、現にあった。あそこの低いところには家を作るなとか、そういうところは少し高くしたりとか、いろんな災いをやり過ごす知恵というのが地域にあり個人にあり、集落にありとこういう状態にあったわけです。ところが防災施設を作っていく過程の中で、確かに小さな水害を取り払ってくれたという大きなメリットがある一方で、水害をやり過ごす住民の知恵を奪ってしまいました。無防備になった住民に襲い掛かるのは、100年確率を超えてくる大きな災害のみ。無防備な住民に、大きな災害だけが襲うという構図を図らずもつくり上げてしまった。それは先ほどのメッセージ、メタメッセージの話ではないですが、図らずもそうなってくるわけです。

 「避難勧告が出たら逃げて下さい」といっている一方で、「避難勧告が出なければ逃げなくていい」という住民に当然なっていくというメカニズムです。これは当たり前といえば当たり前です。例えば母親が子どもを病気にしたくない、こう思って子どもの周りからばい菌を取り除く。極論すると子どもを無菌室に放り込むということをやりますと、何がおこるかということです。子どもは確かに病気になりません。ところがその間にできあがるのは、病気に対して耐える力のない脆弱な子どもができあがる。そこを出た途端突然病気になってしまうような脆弱な子どもになってしまう。あまりおすすめできませんが、本当に大事なことは、例え消費期限切れのものを食べてもお腹が痛くならない、元気な子どもを作ること、多少薄着で外に放り出したって、鼻水を拭き拭き遊んで風邪を引かないと。それくらいの元気な子どもを作るのが目的であるはずなのに、子どもを無菌室に放り込む、もしくはどんどん厚着をさせる。こういう行為を続けていく中で、つまり人為的に作られた安全は、ヒューマンファクターの脆弱さを高めると、至極当然の論理によって、災害過保護であり、行政依存、情報依存で究極の姿として災害過保護というべき住民をつくり上げてしまった。

 では、防災施設を作ったのがいけなかったのか、そんなことはないはずです。現にそれによって水害の頻度は減ったわけですし、国民の福祉の向上ということに対して、寄与したことは間違いないと確信して、一点の後ろめたさも感じておりません。ただ一方で、ヒューマンファクターの部分についての思いが足りなかった。メッセージの部分はいいのだけど、メタメッセージに思いがいってなかったというのが事実だと思います。問題視するならばこの部分です。こういう状態というのは、絵に描いてみるならばこういう状態です。これまで災害に対峙しているのは行政でした。行政の加護の下に住民がいるというお団子のような構図が従来の日本の防災です。これが破綻をきたしております。なぜならば、防災施設は想定外力があります。この範囲で守っていたわけですが、相手は自然ですからこの範囲を越えてくるのは至極当然です。

 これで何が起こるかというと、防災施設によって大半の災害というのを取っ払ってもらった住民にすれば、当然やっぱり堤防ができると違うわねと、昔はよく浸かったけど今は大丈夫だからといったハード依存の気持ちが十分にあって、逃げなきゃいけないときには逃げて下さいといっていますから、当然指示待ち状態になって、でも最近の災害、情報もまともに出せないことが多い、想定外力を越える災害が増えている、当然来てしまう。なんだ、守っていてくれるんじゃなかったのかという行政批判だけが繰り返される。そして住民は反省しない。なんら社会はよくなっていません。こんな社会は成り立たないんですね。

 それに最近気付いて最近言われるようになったのが、いわゆる自助、共助、公助という概念なわけです。これまで公助主体の防災行政だったのが、災害に向かい合っているのは行政で、住民が行政を攻めるという、行政と住民の対立構造という関係がある間は全然ダメですね。今我々が求めないといけないのは、災害に向かい合っているのは地域社会であって、行政も向かい合うけれど住民も向かい合う、行政でできる間は一生懸命にやるんだけれど、想定外力を越える部分、もしくはちゃんと情報を出せないような場合は、自分で周辺の危険を察知して逃げる住民、自分の命に対して責任を持っている住民、これが相互に手を組んで、自助であり共助であり、公助でありという、こういうものが共に災害に向かい合うという構造を作らないといけないんですね。これは非常に大事なことなんですが、いつまでも住民が敵は行政だと思っている、もしくは守っているのは行政だと思っている、この対立構造を作っている限り、日本の防災は進まないと思っています。

 例えば、僕の研究室に若い助手と講師の先生がいます。二人は本当は仲がいいんですが、仮に仲が悪いとしましょう。こいつらはいつも対立しているのに、僕は対処しないといけないとなったときに、もっとも効率的な対応は、二人の話しをよく聞いて、仲良くやってくれよといってもムダなんですね。一番手っ取り早いのは星一徹のように、暴君になれば二人は仲良くします。例えば論文を書いてきても、全然なってないといってビリッとやぶってゴミ箱に捨てるようなことを繰り返せば、彼らはいがみ合っている余裕はなくて、二人揃って片田対策をしないといけなくなるんですね。つまり今、住民が本当の敵はどこなのかということが分っていない。つまり災害がこれから厳しくなるんだということ、防災施設の限度というものに理解がない、行政がやってくれるものと、もうこちらを見ているんですから守りきれない。それはさぼっていると、こういう論理になっているものが、これからの災害というのはそんなものじゃないぞということで、守りきれないぞということをしっかり伝える中で、共に向かい合おうじゃないかという共闘体制を組む必要性が高まってきて、今いわれるようになったのが、向かい合っているのは行政ではなくて、地域社会なんだと。地域社会の中に行政という役割があり、住民という役割があるというかたちに転換せざるを得ないし、転換することが本質だと気付いてきたということなんだろうと思うんです。

 そんな中で公助とは何かということなんですが、くどいようですが改めて言います。想定外力の範囲での防災施設は、行政の役割です。これは明らかにその範囲を越える災害というのを住民から取っ払うという、社会の福祉の向上ということに対して、必要欠かざるものです。想定外力とは、通常豪雨なら100年に1度というのが国の管理する河川については、標準的には言われているんですが、この範囲での防災施設というのはまだ全然できていません。今のペースで国が管理するような河川の100年確率の整備を終えるのに、むこう1000年かかるといわれています。今の行政レベルで。そんなのできるわけないんですね。その範囲はしっかりやるべきです。ちなみに、想定外力の範囲で守る防災施設の範囲のこと、これを防災と言おうと思っています。災いを防ぐと書いて、防ぎきることを考える。それは1/100までの範囲を防ぎきることを考えるわけです。ところが想定外力を想定する以上、必ずそれを越えるものがあります。ここの部分は簡単に言えば、それ以上のものは守っていないということです。守ろうとしていないということですから、ハードでは。ここの部分は災害があることを前提に、災害を小さくする、減災と一緒。つまり想定外力より上は減災の思想で対応していくということになるんだろうと思うんですね。そこが危機管理で対応していくということ。この両方を行政はしっかりやらないといけない。

 ところがこれまでの我々の反省とは何かというと、防災、災いを防ぐと書いて防ぎきることを考えた。そして、変な技術者の誇りみたいなのがあって、防ぎきれないことは考えちゃいけないかのごとく、防災、防災といってこれを越える部分をなかなか認めたくなかったし、それがあるからもっと防災施設を作るんだと、こういう方向ばかりに行ってしまったと反省材料のような気がします。これができればもう大丈夫みたいなことを言ってしまったのも、この範囲のことでしょう。やはりこれを作っても限度がありますから、それを越える部分は減災、危機管理だということを明示的に意識する必要があるということを、守りきれない事実があるということをしっかり住民にいうこと、これも行政のやるべきことでしょう。これが公助だと思います。で住民は自分の命は自分で守るという原則を改めてちゃんと認識する鉄則、これを再度植えつけていかないといけないというのは、住民の自助だと思います。ただ、80歳を超えた一人暮らしの高齢者に、自分の命は自分で守れといっても、それはあまりにも酷です。それはやはり地域の中で、そういう人たちが犠牲になっていることを考えると、自助と公助との間に共助というコミュニティのレベルで、地域から一人の犠牲者も出さないぞという、そういう取り組みをやっていただくことが、この間において必要なんだろうと思います。

 これが、自助、共助、公助という言葉が出てきた必然性であり、今の防災に求められる姿なんだろうと思います。言ったそばから、こういったことを否定するようで申し訳ないんですが、若干僕が違和感を感じている部分があります。それは公助は誰がやるんだと。パブリックな事って誰がやるんだと。これは行政だというなら、それはちょっと違うんじゃないかと僕は思うんです。もし行政がやることを、官助と切り分けるなら、それに対して民助という言葉を考えると、民助に何が求められるかと考えますと、僕はその中にも自助、共助、公助というのがあると思うんですよね。

 ちょっと具体例をあげてみると、四国でこんな例を出しても仕方ないんですけど、北国の雪下ろしを考えてみると、自分の家の雪おろしをする、自助です。隣の一人暮らしのおばあちゃんの雪を下ろしてあげる、共助です。下ろした雪をどうするか。へたすれば役場に電話して、おい片付けろといってます。違うだろうと。コミュニティの道路の雪くらい、自分達でなんとかせいやと、それくらいのことをやるのが地域の責務であろうと思うわけですね。そんなことまで、おい役場、というのかと思うんです。本当の意味での地域防災力が高いというのは、行政がやるべきことをしっかりやっている、それに加えて住民が自分のことはしっかり自分でやる、隣のおばあちゃんのことをちょっと気遣う。地域のことをみんなでやるということ、パブリックな心を持った人がどれだけいるのかということ。こういう状態が民助であり、そういう状態の中で地域防災力というのが高まりを見せるんじゃないのかと思うわけです。地域防災力が高い状態、これは皆さんのお考えによって違うと思います。少なくとも、僕が地域防災力が高いと思う2つの例をあげます。

 一つは僕のご当地自慢です。私が住んでいる群馬県なんですが、平成19年久しぶりに9号台風というのにやられまして、そのときに、群馬は山がちなところですから、長野県堺の一番端っこに、南牧村という村がありまして、四国山地がいくら高齢化率が高いといいましても、ここほどじゃありません。ここは高齢化率日本一の村です。新聞なのでちょっと見にくいんですが、V字谷がありまして、谷にそって道があるのですが、ちょっと雨が降ればすぐに決壊するわけですね。新聞には孤立という字が躍ります。この地域を写真で見てみると、こんなところです。一つの集落へ上っていくには、こんな舗装もされていないような道で、ここに谷があってすぐにあぶれかえると。道路がこれだけしかないんですよね。道路も含めて全体が川になりまして、大変な状態になるわけなんですね。僕は現場に入ったときに、最初から日本一の高齢化率というのは知っていまして、現地に入ったら山肌があちこちに出ていまして、えらいことだなあということと、車で行ったのですが、決壊しているから途中で入れなくなるんです。そこから下りて段々畑にう回した道を通ってまた歩いていくと、今度は土砂崩れがあって、そこを乗り越えてむこうへ行くなんて、こんな状態で家がつぶれているし、人が死んでもおかしくないと思ったんです。ところがここは犠牲者ゼロでした。何でこれで犠牲者ゼロなんだと思うくらい、ひどい状況でした。ここはほんとに見事な、民助、官助があったと思うんです。その状況をお話します。

 ここが南牧村です。村を流れる主要な河川があって、それに沿って主要な道路があります。谷が入っていて、それに沿って林道があります。土砂崩れが起こります、孤立化します。新聞は孤立化といって書き立てます。市町村合併せず小さい村のまんまで残っていたんです。まず官助がどういうように素晴らしかったかというお話をしましょう。まずここの村の役場の職員は、村の全住民の顔を知っています。プライバシーもあったもんじゃないです。どこの家のおばあちゃんはといった具合に全部知っているんです。実際に役場の職員が知っていたことですが、ここの何とかというおばあちゃんは、最近腰が曲がってきたもんだから、孫が都会から帰ってくるときに手押し車を買ってきてくれたと。そしたら、年寄り扱いしたとすねていたと、手押し車を納屋にしまいこんだとかそんなことも知ってるんですね。それからここのおじいちゃんは、免許の書き換えに行こうと思ったら、若い者に免許を隠されて、更新させてもらえなかったとか、そんな話しを全部知ってるくらい顔見知りです。

 ここに事前に土砂災害警報がでました。至極当然、土砂災害警報ですから避難勧告が念頭に置かれていたことは当然です。ところが役場の職員はあえて避難勧告を出しませんでした。理由はこうです。あのおじいさん、おばあさんに雨のさなかあの道を通って、避難所はこの道路沿いに点々とする公民館のような公共施設です。ここまで歩いて出て来いというのが避難勧告ならば、とてもこの地域で避難勧告は出せないと判断したんです。僕はそれは正解だと思います。雨のさなかあの道を通ってきていたら、何人の人が犠牲になっていたかと思うと、僕は避難勧告を出さなかったことは正解だと思います。その代わりここの役場の職員は、土砂災害警戒情報が出るはるか前から村にあるケーブルテレビと有線放送と防災行政無線を使って、これから役場も皆さんを助けに行ける状態ではないと思う。もっとひどくなるかもしれないし、土砂災害や川が決壊もするかもしれない。そうなったら孤立化するから地域の中で助け合ってくれということを散々アナウンスしました。一段低いところの人は高いところに上げてもらってくれ、みんな地域の中でこの難を助け合ってくれと。行政用語で言うなら自主避難の呼びかけということになるんでしょう。それを繰り返し、繰り返し放送しました。それに応えた住民がいました。

 このおばあちゃんの家は隣が沢なんですが、今は水は流れていません。ここに大挙水が流れ始め、家の中にも水が流れ始めました。群馬はコンニャクの産地ですから、このおじさんはコンニャクイモを入れる麻袋がありまして、それを軽トラに入れて持ってきまして、にわか仕立ての土嚢を積んで防いでくれた。ご近所の底力じゃないけど、近所の人を頼るしかないと、このおばあちゃんは言っていました。このおばあちゃんは川のすぐそばで谷沿いです。このおばあちゃんの後はがけになっていまして、その高いところにこのおじさんの家があるんですね。彼が川を見ていてこれはまずいと言うので、軽トラに乗ってこのおばあちゃんを迎えに来て、まだいいというのを無理やり軽トラに乗せて、上に上げたんですね。上って下を見たら、案の定、家の中を水が流れていた。命の恩人ですと言ってるんですね。本当にこの村は、いまさら自助、共助、公助、とくに公助だとかコミュニティの力だとか、そんなことを言うのは歯が浮くような感じで彼らは受け取っています。そもそもボランティアなんてのはいらないと。この後ボランティアが入ろうとしましたが、1週間にわたって拒みました。なぜならそんな言葉に慣れていなければ、都会から人が来て人のうちに上ってなんかやってもらうなんて、そんなことはできないだろうと。日ごろからコテコテのコミュニティです。わけの分らない人がやってきて、家の中に上ってやってくれるなんて、そんなことはあろうはずがないというくらいに思っていて、とてもボランティアという社会の仕組みをいわばこの社会にはそぐわなかったんです。だけどお年寄りなものですから対応力がなくて、疲れ始めた頃にボランティアが入り始めて、ちゃんと貢献してもらったんですが、そんな地域でした。ここをみると本当にボランティアの力ってすごいなと、日本一の高齢化率なものですから、言うなれば自助は日本最低です。だけどそれを補ってあまる共助があるのでしょう。そういったものの中で犠牲者をゼロにすることができた。こういう事例というのは田舎社会の中でちょこちょこ聞く話です。たぶん四国にもあるんだろうと思います。これは明らかに地域防災力が高いと思います。

 それから新潟豪雨です。旧中之島町で、新潟豪雨の被災前、被災後の写真です。旧中之島町で、こちらが市街地なんですが、このあたりに猫興野って地域があります。これは水害の後なんですけども、こう刈谷田川が流れて、ここは水衝部ですから、危ないところはこの水衝部です。ところが切れたのはその少し下流です。何でかということなんですね。僕はこのときに7月13日の後現地に入って暑い中ここを歩いていたのですが、切れた場所がここだということが気になって、橋を渡って向こうへいって話を聞いてきました。感動いたしました。よくみてみると、白線がずーっとあるこれは土嚢です。この日の話を聞きました。

 猫興野の自主防災の会長兼区長兼老人クラブ代表兼みたいなおじいちゃんのお宅に行きまして、話を聞いていたら、ここは昔から川が切れたといってるし、何度も水防をやったことがある、危ないことをよく知ってると。この日、俺は自主防災の会長として川の堤防に上って様子を見に行った。すると地域の人が何人も来て上っていた。みんなで川を見てたんだけど、これはまずいぞということになって、自主防災の会長としてみんなにもう帰ってくれと。帰って残っている年寄りと子どもをみんな避難所にやってくれと。その一方で地域に残っている若いもんはみんな出てきてくれと。といってみんなで土嚢を積み始めた。積んでも積んでも水位は上ってくるし、もうおっかけっこのように一生懸命に積んだ。ついに土嚢の1段目が水に浸かり、2段目からちょぼちょぼ水が出るようになり、3段目が間に合わんとなったときに、鬼気迫る状況ですよね。もうこれは危ないと、これ以上自分の権限でやらしていたのでは、破堤したときにえらいことになるということで、撤退するぞとそんな話しをした矢先に水位がふっと下がったと。その少し下流が切れていました。自分達の地域の危険を知り、自分達がみんなで地域を守りぬいたということです。地先の安全を自分達で守るという自警組織としての自主防災であり、水防団であり、消防団なわけですね。それを見事にやってのけただけです。

 川の左岸と右岸で、自分の地域の危険というのをどれくらい思っていたのかということを調査してみました。自分の家が押し流されることもあり得る。1階の半分以上が浸かる可能性があると答えている方が、右岸側は50%くらいいます。それが左岸は30%です。50%と30%という数字はそのまま次に反映されます。朝、確認に行った世帯はいるかは50%と30%です。このまま移行したとは思いませんけど、関心の度合い、危険だと思っている度合いがそのまま川の関心に反映されている。そして土嚢積み参加した人は消防で参加した人は10.5と10.9であまり変りません。どこも組織率が低くなっていてこんなもんでしょう。ところが右岸では個人で参加したというのが30%あって、4割の世帯で土嚢積みに出ています。それが左岸で15〜16%くらいしかありません。この違いです。これが地域を守り抜いたんですね。これは地域防災力が高いですよね。

 この中に一言も行政という話は出てこないですね。もちろん行政は全部見なければいけないですし、危ないところへ行って対処するということはするかもしれませんが、やはりこういった基本的な作業は地域の住民達が地域の力を持ってやり遂げて、地域の安全を守りきったというこの姿を僕は防災の原点というか、水防の原点というのか、それを感じざるを得ないわけです。こういったものをどう高めていくかということなんです。

 行政に依存しない、地域の安全は地域で高めていくということで、一つの取り組みの例をお話したいと思います。土砂災害警戒区域図を使った話です。これは住民の地域防災力を高めるというのは、どうやればいいんだということなんですね。僕も一筋縄で、これをやればいいですと結論めいたことは言えませんが、僕が取り組んで成功した例を一つあげます。群馬県にみなかみ町というのがあります。温泉町です。ここは平成10年8月にも水害にあって、14年の7月にも土砂災害がひどかったところで、非常に危ないところなものですから、土砂災害警戒区域図を群馬県で1号として県庁が作り上げました。ご覧のような山間のところで、34戸、100人くらいの集落です。ここに土砂災害警戒区域図をここのところ災害が起こったものですから県は第一号として作り上げたんですね。これを作ったのはいいんですが、県庁の中で議論が起こりました。住民はここのところ頻発する災害にピリピリしているんですね。一番必要だろうと思って作ったのはいいんだけど、持って行けないというのが正直なところだったんです。皆で悩んでいるときに、群馬大学に片田という奴がおったなと。僕のところに電話がかかってきたんですね。説明に行ってこいという話なんですが。正直、最初から紛糾というか住民の意向は分かっていました。これを持って行ったら何と言うかというと、危ないというところが分かっているんだったら、当然対処しろというに決まっているんです。これを持って行ったときに、すぐに対処できるかというと、できるはずがない。その中でどうするかという状況に置かれることは分かっていたんですね。

 これをもって現場に行くと、役場の課長は出てきませんでした。若い人が出てきて不安そうに、「先生、絶対こういうふうに言われるんだけど、何とかお願いします」なんて言うもんですから、大分びびってるんです。任せとけ、なんていい加減な返事をして僕も行ったんです。条件が悪いんですね。大体夜の7時くらいからやります。晩酌引っ掛けてきてるんですね。最悪の条件で説明会が始まるという状況です。地図を配ってどういう状況が起こるかっていうのは目に見えているんですが、僕は実直に話そうと思っていました。何でこんな図を配ろうとしているのかと。この地図を元に、僕はどうすべきかと、僕が考えることを話そうと思っていました。役場の若い職員に、実直に話すから、困ったら僕にふってくださいと。それで説明会を始めたんですね。開口一番。なんや、これはと。役場はどう考えとるんやと。で僕も思わず、役場はどうなっているんですかと聞いてしまったんですね。すると若い職員は完全に裏切られたというような…絶句ですね。しまったとは思ったんですけど、もう遅いですね。しばらく役場の職員には困ってもらいまして、そこからなぜ役場の職員が困っているかということを解説しようと思ったんです。しばらく困ってもらった上で、今、この役場の職員が玉のような汗をかいて困っているか分かりますか、と聞いたんです。

 群馬県内は土砂災害の危険箇所が7600カ所あるんです。この町も山間の集落なものですから、赤字の病院を抱え、福祉事業、ヘルパーさんにもいっぱいお金を使い、赤字の過疎バスの補助金を出し、いろんなお金を使っているんです。この図を見たときに一番びっくりしたのは役場かもしれないと。こういう地図が来たときに、役場の防災担当に行ったときに、役場も困ったなあと思っただろうと。やらなきゃいけないということは役場も十分に分かっていると。でもとてもできない。赤字を抱え、役場は防災だけをやっているわけではないと。やりたいんだけどできないんだと。7600カ所あってどうして役場が全部できるんだと。やらなきゃいけないことは百も承知なんだけれど、できることとできないことがあるんだと。じゃあ、わしらに死ねというのかと。誰もそんなことは言ってない。やれることとやれんことがあるんだと。こんな言い合いを続けながら、ほとんど喧嘩のような状態ですよね。でもだんだん限度があると納得し始めたんですね。だから役場にもこういうことが分かった以上は、できるだけ早く施行してもらうように僕も頼むけど、住民からも頼もうと。でもすぐにできるわけじゃない。順番にやっていくんだと。この指定を受けなきゃテーブルにも乗っからないじゃないかというような話をしながら、ここは一段落するんですね。先生は土砂災害の専門家ではなく逃げる専門家だ。つまり逃げろということだなと。じゃあ、当然情報はくれるんだなと。土砂災害の時には情報はまともに出せないんですがと。役場にもどうするんですかと振ると、役場もできる限りのことはするから、気象台とも協力してやりますけれども、完璧な情報となりますと…なんてモゴモゴいうわけですね。

 ちなみに平成19年度の被害のあった、確か84ヵ所の土砂災害があったんですが、経済被害、人的被害があったんですけれども、そのうち3箇所しか避難勧告が出ていないですね。とにかく崩れるという現象は当たらない。情報は難しいですと住民に言うと、ハードはダメ、ソフトはダメということになるんです。さすがの住民もこれは受け取れないわけですね。先生は群馬大学の先生らしいじゃないかと。それも避難の専門家ということなら、わしらはどうしたらいいんだと。答えてみろという感じなんです。一つ確認したいことがあると。あなた方は100%の安心がほしいのか。ほしいにきまっとる。答えは一つだけです。それはここを出て行くしかないですねと。住民は鳩が豆鉄砲を食らったような顔して僕を見ています。100%の安全がほしいのなら出て行くしかないですよと胸を張っていうんです。あなた方はこんな山間の集落に住んでいて、土砂災害の安全が100%ほしいなんて無理に決まってる。いやなら平地に行ったらいいと。でも洪水にあうかもしれないよと。津波にあうかもしれない。田舎はいやだといって都会に行ったら、今度は犯罪にあうかもしれない。とにかくそれも全部含めて100%の安全というのを他人に求めて作ってくれというのがナンセンスだと。ここは単なる山の中。でもあなた方にしてみれば、こんな風光明媚で、生まれ育ったとてもいいところだろうと。そこに住んで恩恵を受けるには、災いと付き合う作法があるんだと。僕がこの地域で言いたいことは何かというと、実は現地に入る前にお墓をずっと見て回りまして、古い墓石を見て何年前のものか見たんです。600年前の墓石を見つけました。少なくともここは600年の歴史があるということが分った。僕がこの後彼らに言ったのは、あなた方に本当に出て行けと、ここから離れさせるのが目的じゃないんだと。

 僕が一番言いたいことは、ここの地域はここだけが土砂災害に特別に危険だというわけではない。群馬県内7600カ所どこも同じような状況だと。なのにここが危ないのは土砂災害に危ないのではなくて、あなた方の姿勢が危ないんだと。この地図を配ってあなた方は開口一番何と言ったか。「おい、役場」。全部ここから始まっている。会場に来ているのはおじいさん、おばあさんばかりです。皆さんは畳の上で死ねるかもしれない。そんな状態の中で地域の若い者が育っている。あなた方の常識の中で育っているから、孫まで畳の上で死ねるなんて保障はできない。そうすると、これはまずいなと。本当に危ないのは、全部役場にゆだねようとするあなた方の姿勢。考えてみろと。この地域は少なくとも600年前から続いている。確認を取ってきたと。何とかさんの墓も600年前と書いていると。600年前というとハードもない、コンクリートもない、情報もない。数年に一度土砂災害にあいながら、この地域は600年脈々と続いてきたと。なんで続いてきたんだと。

 少なくとも、600年前の人に、「おい、役場」なんて姿勢の人はいなかったと。災いをやり過ごす知恵。あそこの沢から水が出てきたときには気をつけろとか、あそこのがけの真ん中あたりから水が出てきたら崩れるぞとか、池の水位が下がったときには気をつけろとか、いろんな話がある。そういう地域の知恵を使って、この地域は600年続いてきた。そういう話し聞いたことがあるだろうといったら、あると。こんなこと言ってた、あんなこと言ってたというのがいっぱい出てくるんです。その知恵を使って、ハードのない時代から600年守り抜いてきたのがこの地域なんだと。地域の知恵を孫に話しましたかというと、否と。そんなことで、孫の代までこの地域がずっと安全だと思うのかと。この地域に起こる災いの前兆が、前橋にある高い県庁の34階から分るかと。前橋にある気象台から、ここの沢に水が出たなんてことが分かるのかと。もちろん行政からの情報も使う、でも地域の知恵を最大限に使う。この地域の最近の災害というのは、狭い地域で雨が降って現象が起こっている。それを抑えるのはあなた方で、あなた方が見つけるんだと。皆がセンサーになってそれを見つけて、行政の情報に加えて自分達の安全を乗っけて最大限やるべきことをやって、この地域に生きていくんだと。それが、この辺の自然を享受しながら災いをやり過ごして生きていく術なんじゃないのかと。それを全部役場任せにして、その結果何が起こったかというと、ここに新婚さんが家を建てまして、屋根に青大将がいたと。するとすぐに役場に電話ですね。青大将を取るのが役場の仕事かと。違うだろうというほど、行政依存が高まってしまった住民に対して、こんな状態で孫の代まで保障できない、なんて話をする。すると分かるんですね。

 地域には災いをやり過ごす知恵があり、文化があり、そういったものを積極的に生かしてこの地域は守られてきたんだということを強く主張したんですね。なるほど、分かったと。先生、わしらはどうしたらいいんかと。まず、知恵を出してくださいよと。いっぱい出てきます。過去の災害だとか言い伝えだとか、前の災害の時にはどんなことがあったとか、いっぱい出てくるんですね。こういうのを全部そろえて土砂災害警戒区域図と知恵をびっしり書いた地図を作り上げて、これが災いをやり過ごす知恵だと。これを使って地域の安全を守っていこうじゃないかと。住民には雨の前に見て回れとは言わない。自分の家の近くでこれ一つ起こったら、それ一つで逃げるということはなかなかできないんだと。だけど、こういうのが地域の中で何ヶ所か出たら、これは前橋では分からない、気象台では分からない地域全体の危険の一番確かな情報だと。これを皆で共有化するんだと。つまり地図を持っていて、一つでも見つけたら区長に連絡する。いくつかそれが集まったら、区長は避難勧告を出す。昔はそうやってたわけですね。地域の誰かが逃げるぞといったら逃げて、この地域は安全を守ってきたということです。それの復活です。そしたら住民が、前兆がいくつになったら避難したらいいのかと。僕は知らないといったんですね。一つでも逃げろというと、空振りする危険があるから、また片田は大げさなことを言ってということになる。じゃあ5つといったとするならば、1、2の間で起こったときに、お前5つといったじゃないかと。僕はそんな安全の保証はできないと。あなた方は安全のレベルをどれくらいだと決めるんだと。その正解なんてないと。すると彼らは3と決めてきました。正解かどうかは分りません。でも彼らが選んだ地域の安全のレベルです。これでいいと思います。この地域は前兆の情報が3つ集まったら、区長発の避難勧告を出すことになっています。

 ここは雪深いところです。正月明けに区長から電話がかかってきました。雪の間に皆で集まって、若い者にワープロを叩いてもらって、避難マニュアルというのを作ったから見てくれというんですね。この中に自分達の自主避難訓練というものがあります。これは役場発じゃないです。区が自分達で避難訓練を企画して、僕らのところに招待状が来ます。僕は喜んで見に行きます。今、こうやって毎年避難訓練をやり、地域が独立した防災というのをやっています。1枚の土砂災害警戒区域図。おい役場、から始まる。それに対して防戦を張る地域と行政のコミュニケーション、これを脱する必要があると思うんですよね。ハザードマップ、こんなものは出したくない、怯えさせたくない。でもなぜ我々が、あえてこんなものを出そうとしているのかと。こうなることがないように防災もしっかりやっていくと。だけど、守りきれないと思っていると。でも放っておいたらあなた方はそれも知らないで、災害に対応力もないままやられていくから、だから我々は情報として出しているんだと。正直に出しているんだと。我々もがんばるんだけど、住民も危機意識を持って自分達で向かい合うような、自分達で何とかしようとするようなところに役立ててくれと、そういう持っていき方ですよね。そんな中でこの地域は出来上がったと思います。

 住民とのコミュニケーションは得てして自助を求める。これも変な話なんですね。我々はダブルバインドというんですけど、二重の拘束というんですけど、自助をやって下さい、自助をやって下さいといいますよね。そうしますと、それに従うことは即ち行政の指示に従うことになっているという変なことになっているわけですね。自助じゃないですね。そんな中で二重の拘束といった、従うことそのものが自助力をなくしてしまうという話なんです。

 そんなことで、こんな取り組みが群馬県内で始まってきておりますが、内発的な自助ということ、これをどうすすめていくのかということが非常に重要になってきているんだろうと思います。

 最後に「居安思危」という言葉で最後にしたいと思います。僕は防災の中で一番重要だと思うのは、よく、「備えあれば患い無し」という言葉が言われます。実はこれは三段論法の三段目なんです。一番上にあるのが「居安思危」。「安きに居りて危うきを思う」という言葉です。「思えばすなわち備えあり 備えあれば患い無し」という言葉に続くわけなんですね。備えれば患いがなくなるのは当たり前です。ところが備えられないわけですね。なぜかというと、「安きに居りて危うきを思う」、災害のない、何も起こっていない今だからこそ、そのときのことを思えるかどうか、思えれば備えることもできる。備えれば患いがなくなる、とこういう三段論法です。

 ここで大事なのが「安きに居りて危うきを思う」。これがハザードマップだと思います。この情報を内発的自助に結びつける、そして単に出すだけではメタメッセージのほうが卓越してしまいますよ。そうならないように、住民とのコミュニケーションを考えていく上で、内発的自助意識というのをどう作っていくかと、先ほどの粟沢の土砂災害警戒区域図のような取り組みに展開していただくことが重要ではないかなと思うわけです。

 ご清聴ありがとうございました。

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